田舎の王様さん
今から半世紀以上も昔の話。
本山の上町公園の下家に傘ばたのネギ削りの高橋政吉という家に、王様さんという背たけは六尺あまり、肩幅は人の倍ほどもあるお相撲さんのように大きな、七十過ぎた隠居の老人がいた。
体は骨ごつに痩せてはいたが、なにせ人並みすぐれた大きなお爺さんだった。
ほんとの名前は高橋政勝といっていたそうなが、若い時なにせ身体が大きく力も強く、仕事は人の三倍も出来るので、皆が大政さんと呼んでいたのが、何時ともなしに大政のマサがサマに変わって、王様さんと呼ぶようになってしもた。
王様さんと呼ばれて本人も気分がよく、えつに入って、通称王様さんになってしもたと。
その風体は、顔は大きく少々しわになっていたが、まるで仁王さん。着物はジバンの上に筒袖の半纏を着て、大きなかるさんをはき、腰にはモッソウ程もある大きなドーランに八文銭の輪金をはめ、兎皮のキセル入れに八寸ばかりの煙管を入れたのを腰に差し、棒切れの杖をついて手作りの棕櫚緒の大きな木履を履き、少し腰のかがんだ体でノッシノッシと歩くたんびに、腰のドーランがガランガランと音がする。見るからに田舎の王様の風格である。
当時の子供は、遊びの合間に職人のネギ削りを見ながら、いろいろな話を聞いて楽しんでいた。
ある日、公園で友達と遊び疲れたので、下りてネギ削りを見ろうかと来てみたら、職場の前庭で王様のお爺さんが木に腰掛けて、切り株の上で何かを十センチ程の堅い小槌でコツコツとこづいている。
そばに寄って見てみたら、鶏の骨のような物をこづいている。
こりゃーこづいて池の鯉にでもやるがじゃろと見ていたが、ふとこの王様爺さん何食べてこんなにふとったんじゃろかと思い、
「王様さんは何食べてこんなに大きくなった?」と聞いてみた。
王様さんは「うーん、そんなら話しちゃろか」と言って、「おらは一人っ子じゃったのでのう、てて親がの、後へ子が出きん、こりゃ一人じゃけ丈夫い男に育てにゃいかん言うて、山へわさを掛けて雉や兎や小鳥を捕ってきては、それの身も食わすが身づきの骨を、今お爺がやりゆうように、こづいた骨に芋や大根を入れて汁にして食わしてくれた。
それから仕事も、こまいうちからこじゃんと使われたぞ。坊ばあの時からの、天気の良い日は山から薪取り、井戸の水汲み、畑仕事の手伝いと遊ぶ間がないばあ使われたぞ。」
「ふーん、ご飯もようけ食べたかよ?」
「そうじゃのう、今のような白飯じゃないけのう、おうかた麦飯か稗飯での、米が二三分はいっちょったらえい方での、飯の前に唐芋、山芋、きびやらを食ってから飯食ったけ、腹は十分張ったねや。」
「ふーん」
「坊らもの、このお爺のようになりたかったら、鳥の骨をこづいて食たり、ジャコやウルメをうんと食うて、力をうんと使うたら、身体も骨もこんなに太るぞ。」
と言うて、こづいている手を休めて、肩をゆさぶって力んでみせた。
ふーんと感心しながら、
「王様さんは太いけ、喧嘩も強かったろう?」と聞いたら、
「おらが強いのを皆知っちょるけ、だあれも喧嘩はしかけざったぞ。」と言いました。
「そんならおおきに」と帰りかけた背に、かすれた豪傑声で、「おお、また来いやの」と、お仁王様のように大きな顔に身体で、心の優しい王様お爺さんだった。
傘ばた=檜傘のかさ地を織る機。
木履(ぼくり)=下駄。
ネギ=かさ地に織る檜かなばの繊維。
えつに入る=喜ぶ。
モッソウ=檜のわげ物にウルシを塗って作った飯盒程の弁当入れ。
ドーラン=桐で作った煙草入れ。
坊=子供を呼ぶ名詞。
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