あの阿修羅に会いたい 情報プラットフォーム、No.264, 9(2009)
興福寺阿修羅像
奈良の仏さま達に会うため、40数年前に単車での一人旅をした。阿修羅(あしゅら)を含む八部衆の漢字の字面と音の響きに不思議な雰囲気と魅力を感じたものである。
三面六臂(三つの顔と六本の手)の阿修羅は勿論のこと、若々しく象の冠を被っている五部浄(ごぶじょう)、龍を食べる鳥の頭に甲冑を纏った迦楼羅(かるら)が印象的であった。
阿修羅のことをあれやこれやと思い出させてくれたのは、東京国立博物館で「興福寺創建1300年『国宝 阿修羅展』」が開催され、2ヶ月間の入場者が80万人を超えたとのニュースである。
7月からは九州国立博物館(太宰府)に移しての開催である。
阿修羅の生い立ちは複雑で、様々な神話の中で異なった役割を持たされている。
古くはメソポタミア文明のシュメールやアッシリアで太陽神アッシュルとして祀られ、ペルシアではゾロアスター教の最高神アフラ・マズダになり、インドのヒンズー教では正義の神のアスラが力の神のインドラ(帝釈天)との壮絶な戦いに敗れ、天界を追われ、魔神・邪神アスラの烙印を押されてしまう。
仏教には、阿修羅は釈迦に帰依した仏法の守護者として取り込まれた。蛇足であるが、壮絶な戦いの場面を「修羅場」と呼び、「○○の修羅」などは任侠・極道の果てしない抗争のドラマのタイトルなどで使われる。
「阿修羅」のミニチュアモデル(高さ12cm)が、公式フィギュアとして(株)海洋堂から売り出されている。「九州国立博物館にご来場のお一人様・一個限り、14,000個の数量限定販売」との案内である。
正面、右と左、三面の表情は少しづつ違っている。眉のひそめ方、唇の噛みしめ方、そして哀愁を含む目線の先を立ち姿とともに、手近の置いて眺めたいと思う。手に入れたいが、ネット・オークションで幾らの値が付くのだろうか。
「阿修羅のごとく」は向田邦子の作品である。NHKのTVドラマで知った。トルコ軍楽隊風の行進曲が流れ、奇妙な装束の一団が畦道を行進して居るのを奇異に感じたことを記憶している。
物語は、70歳を迎える父に愛人と子供がいることが分かり、急遽集まった四人の姉妹が母親に悟られないようにと対応に苦慮することから始まる。
それぞれが悩みを抱え、猜疑心や嫉妬を隠しながら、穏やかな表情の裏で、いがみ合う四姉妹を通して、人間の葛藤する様を描いたものと思われる。
「女は阿修羅だよなあ」としみじみと呟く場面があったが、その視点は男のもの、本当の阿修羅は男の中にあると思えた。
「阿修羅展」のブームを受けて、書店では仏像に関する本が平積みになっている。眺めている内に、鶴岡真弓著の「阿修羅のジュエリー」(理論社、2009,3)を手に取っていた。
「阿修羅は、きらきらの『ジュエリー』を胸に輝かせています。『いのち』と『いのり』の装飾を身にまとっています。(中略) それは、シルクロードを越えて、アジアとヨーロッパを行き交った『光のデザイン』。」と前書きし、「『東と西』は分かれているのではなく、昔から『大いなる交流』があったということを実感できます。」と終わりに述べている。
著者は、極西の国アイルランドでケルト文化を吸収した極東の国の日本人、しかも女性である。だから、時空間を「ジュエリー」で辿る視点、切り口が可能だったと思える。
阿修羅に会いたい。憤怒の形相の三十三間堂や法隆寺五重塔や敦煌・莫高窟の阿修羅ではない。興福寺のあの阿修羅に会いたい。あの可憐なお顔立ちの内面を探りたい。若々しい表情に、そしてスレンダーな体型に仕上げた天平の仏師の意図を知りたい。
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鈴木朝夫 s-tomoo@diary.ocn.ne.jp
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