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このページには、2011年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

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カテゴリ

2011年2月アーカイブ

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その4

33~佐川ナウマンカルスト
                とエドモンド・ナウマン

 「鳥の巣石灰岩」を定義し世界に知らしめた
 ドイツ人エドモンド・ナウマンの来町を記念して、
 同町唐岩に分布するカルスト地形を佐川町が
 整備し、「佐川・ナウマンカルスト」と命名し、
 その功績を称えることとした。
 過去・現在・未来の時間を超越した物質の
 無限性と変化を当地に表現したものである。

 小規模ながら石灰岩が雨水によって侵食された
 カルスト地形を観察することができる。

 

 

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その3)

 

 

羽迫博己さんの世界 に関する記事

ひな人形・・・四万十川流域

羽迫博己さんの、町屋あれこれ


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その3

 

31~鳥の巣石灰岩

 わが国の地質学発展の基礎を築いたエドムント・ナウマン
 によって、明治18年(1885)、佐川町「鳥の巣」周辺に
 分布する石灰岩を「鳥の巣石灰岩」と定義したことから
 佐川を世界に発信し、今尚、研究者・観光客を惹き付けて
 止まない。
 暗灰色をした礁性の石灰岩で、サンゴ類・二枚貝・巻貝・
 ウニ類などの化石を多産する地層です。
 また泥質物を多量に含むため、ハンマーで叩くと石油臭を
 発することでも有名です。
 ごつごつした岩と特異な地層から、地元に石への畏敬と
 信仰心を育んでいます。
 さらには、牧野博士の幼少時、植生への興味・関心を
 深く脳裏に刷り込んだのも、当地の地層とその植生と
 思われます。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

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木の「おひなさま」

雛人形の歴史
   ひな人形の歴史は、古代中国から伝わった「上巳(じょうし)の節句」の風習と、平安時代の貴族女児の「ひいなあそび」とが融合して生まれたようです。
 
   室町時代頃からは、ひとがたに似た人形を作って飾る習慣が生まれ、さらに江戸時代に入ると女性たちが「ひな人形」を飾って楽しく遊ぶ一日となり、後には誕生した女児の初節句を祝う日となったそうです。
 
   現在ひな人形は、七段一五人飾りなど、豪華な金襴衣裳の人形に唐草模様の道具を組み合わせたものなど何十万円もする「ひな人形」があります。


木で作る「ひな人形」
   私は森にたずさわって40年以上になります。森にはいろいろな種類の木が生育しています。
 
   この時期になると、毎年「木のひな人形」作りをしています。
 
   いままでに製作してきた「ひな人形」は ①小枝で作る「お雛様」や「立雛」「やじろべー雛」等があります。
   今年は②糸ノコを使った「おひな様」や「雛の吊し飾り」を製作しましたので紹介します。


 
①小枝の作品
  ○小枝で作る「ひな人形」


 この作品は、主に「サクラ」の枝で作りました。
 お内裏様の左右には、紅白の梅の木(サクラ)のみきを大きく花もたくさん付け豪華にしてみました。

   
 この作品も主に「サクラ」の小枝で作っています。
 お内裏様と、前には、三人官女、左右に梅の花と橘を配置しました。

 

この作品は、南国市立久礼田小学校5年生の森林教室や介良小学校の祭りの中で、木工教室の見本にした「小さなお雛様」です。 


    
この作品は、南国市立久礼田小学校5年生の森林教室や介良小学校の祭りの中で、木工教室の見本にした「小さなお雛様」です。

 

金ちゃんの手づくり木工品コーナー 目次

カテゴリーから連続画像で見ることができます) 

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皆さま、ご無沙汰してます。

物部川ファンクラブ代表の渡邊法美です。 

高知工科大学では、高知工科大生が物部川に関心を持ってもらうための講義として、地域共生概論2という講義を行っています。

講義では、物部川流域を元気にするために、こんなプロジェクトを行っています。

 

平成23212 

 

地域共生概論2 物部川フェスタグループ 最終課題 

 

 アユの漁獲量の大幅な低下、濁水の長期化、シカの食害など自然環境が危機的状況にある物部川において、この川に関心を持つ人々を増やすイベント案を企画して下さい。その際、以下の項目について考察し、A4用紙1枚以上にまとめて記述して下さい。 

 

[1]    タイトル

[2]    イベントが求められている背景

[3]    イベントの目的

[4]    イベントのターゲット

[5]    イベントの内容

 

 

 

参考事例として、「NPO法人 市民活動情報センター ハンズオン!埼玉」が実施している

「おとうさんのヤキイモタイム」の分析事例を次頁以降で紹介します。

(出典:http://yakiimotime.com/archives/2009/09/post_80.html

おとうさんのヤキイモタイム企画書)

 

提出期限:平成23222日(火)17:00

提出先 :マネジメント学科メールボックス、

または、watanabe.tsunemi@kochi-tech.ac.jpまでメールにて提出。

 

 

 

  

 

[1] おとうさんのヤキイモタイム

 

[2] イベントが求められている背景

埼玉県:68.5%が核家族(全国2位)

母親 :終日11で子どもの相手...やってられん。

父親 :30代の父親の半数が9時以降、5人に1人が深夜に帰宅、土日は疲れて遊ぶ気力

なし...

■ 男女ともに、働きながら子育てができる環境を用意しない限り、子育ては楽しくなら

  ない(=少子化も改善しない)

   「土日の公園の子どもとつまらなそうな疲れたお父さん」に子育てを楽しむ仲間作り

  ができないか。

   保育所や幼稚園、児童館などに子どもが通っているが、お父さんのつながりは、なか

なかできない。

......でもきっかけさえ、あれば!

 

[3] イベントの目的

この「おとうさんのヤキイモタイム」は、育児参加、地域参加をしたいが、きっかけが持ちにくい子育て中のお父さんに、地域でつながり子育てする楽しさを味わってもらい、暮らしや地域、子育て、家族について考え、話す機会を持っていただくためのキャンペーンです。

 「子育て、やらなければ」とは思うけど、楽しくない。だから、つい遅くまで仕事をしてしまうお父さんもいます。あるいは、やらなくてはと思っているお父さんは増えてきているものの、子育てについて語る場もなく、他の人がどうしているかもわからず、孤立しがちな現状があります。

 一方、子どもが生まれ、保育所や幼稚園、市民活動団体などを通じて、はじめて地域と出会い、暮らしを楽しんでいる人もいます。つながることで、子育ては楽しいモノにかわる。子育てしていて孤立がつらいのは、父親も母親も同じ。とくに会社勤めの仕事人には、子育ての楽しさが体験しにくいものです。しかし、きっかけさえあれば、地域とつながり活躍することができます。

 まず知り合い、時間(タイム)をともにすること。

 

   

[4] イベントのターゲット

34歳のお父さん。5歳と2歳の息子あり。月曜日から金曜日までは、都内の職場にいったきり。夜おそくかえるので、寝顔しかみられない。土日は疲れて寝てしまいたいが、専業主婦の妻から「あなたも土日ぐらい子どものめんどうをみてよ。そうじするから公園にいって」と言われ、しぶしぶ子どもを連れて公園にいくと、公園には、同じような父親が数組。子どもはさっさと砂場へ。父親たちは、話すこともなく、なんとなく距離を置いてみている。あ、子どもが他のおもちゃをとってしまった。「スミマセン、スミマセン......」「あー、早く帰りたい」というパパ。

 

 

[5] イベントの内容

 県下一斉にヤキイモ大会を開催(11月〜1月)

  埼玉県内のさまざまな市民グループや施設などでヤキイモを開催していただきます。

  公園、畑、喫茶店、河原、保育園、幼稚園......など

 開催条件は、仲間内だけでなくオープンにひらくこと

 企画者は、参加者をお客様としてではなく、ともにイベントを創りあう仲間と捉え、ともに地域を創っていくつながりのきっかけを、意識的に作っていく。

 楽しいこと、大変なことを共にする(=苦楽を共にする)プロセスを重視するイベント。例えば、ヤキイモの火をつけること、焼くものを用意する、食べること、後片付けなどをすべて共に行うように仕掛けていく。

 主催者およびボランティアスタッフのルール

参加者の方に「手伝って頂けますか?」「ありがとうございます」という言葉をかけてい

くこと。

 

 

 

2月26日(土曜日)物部川ゴミ拾いが開催されます

物部川ファンクラブ

4月2日(土)、第3回土佐塩の道30kmウォーキング大会 参加者募集!

第1回 平和団地 こどもとお年寄り・大人の 交流フェスティバル

 

羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の地質~その1

 

30~佐川地質館

 世界的に注目されている佐川盆地の特異性をはじめ
 高知県内の地形とか地質についての展示説明。
 著名なナウマン博士並びに小林博士の佐川での活動記録。
 国内外の化石コレクションや動く恐竜
 「ティラノザウルス」、プレート運動を解説する動く
 大陸装置「プレート・テクトニクス」などが展示されており、
 「地質・化石の佐川」ならではのミュージアムとして、
 地球の生命の歴史を学ぶことが出来ます。

      ~壮大な地球の宝物を見に来ませんか~

 

2月27日(日)ジオパーク佐川説明会を・・・宇宙桜(稚木の桜)、今年の春には花が

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その4

17~西谷退三旧邸

 本名は竹村源兵衛で、住居と書斎である。
 西谷退三は昭和17年からペンネームに使い活躍す。
 家は薬種問屋でその長男に生れた。
 札幌農学校で日本植物学会の草分け、三好学博士から
 セルボーンの植物誌の講義を受け傾注。
 翻訳の仕事に生涯を捧げている。
 訳書「セルボーンの植物誌」は死後、
 友人の森下雨村により出版された。

19~名教館の玄関

 安永元年(1772)佐川藩主、深尾氏が土居邸内に家塾
 として、「名教館」を創設、のちに藩校として士分の教育に
 資した。1830年東元町に広大な校舎を建設、以来幕末
 まで数多くの人材を育成し、佐川郡の文運を高めた。
 明治2年、版籍奉還により「佐川小学校」と改名し、
 中本町に佐川尋常小学校としての校舎の建築、
 玄関を移設した。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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monobe.jpg

2月は県民一斉美化活動月間です。みんなで物部川のごみを拾いましょう!

【日時】平成23年2月26日(土曜日)※小雨決行

【集合場所】物部川橋下河川敷(県道に架かっている橋)

【日程】 8時30分から9時    受付

     9時から10時       開会式・ごみ拾い

     10時から11時      ごみの分別・集計

     11時から11時30分  閉会式(ごみのパネルの紹介)

【その他】 終了後、温かいものを用意しますので、汁椀をご持参ください。

【問い合わせ先】ごみのない物部川をつくる連絡会 横田(電話090-6280-3634)

※会場地図、当日のスケジュール等の詳細は、次のパンフレットをご覧ください。
 パンフレット AdobeAcrobatPDF形式

場所


より大きな地図で 物部川のごみ拾い会場 を表示

 

 

物部川の環境保全 さんの記事

物部川ファンクラブ



 


今日(2月23日)の高知新聞朝刊に"宇宙桜"の記事が・・・2月27日宇宙桜の鉢植えを展示します

 

 お世話になります、橋掛です。宇宙桜(稚木の桜)成長が早いことが話題になっておりまして、そのことが読売新聞の英語版でも取り上げられて出てます。
下のURLを開いてSpace stint sees seeds blossom beyond beliefをクリックしてみてください。記事が出ています。添付でも載せていますので見てみてください。
 
高知放送とテレビ高知が取材したいとの申し出がありました。2月27日にこちらでジオパーク説明会を開きます。その時に宇宙桜の鉢植えを展示します。これが鉢植えでは最後の展示になります。3月に入ってすぐに土中へ定植します。
 
 
  橋掛
 
2月27日にこちらでジオパーク説明会を開きます。その時に宇宙桜の鉢植えを展示します
見に来ませんか?
 

2月27日(日)ジオパーク佐川説明会を・・・宇宙桜(稚木の桜)、今年の春には花が

Kochi_Sakawa.jpg 

第2回仁淀川・四国カルストジオパーク佐川説明会

 

第2回仁淀川・四国カルストジオパーク説明会を下記の日程、場所で開催します。

  

日 時  平成23年2月27日(日)午前10時~午後2時頃

 

場 所 佐川地質館

  

1地質館 佐川のジオの魅力

  

 2現地説明

  

 ①佐川の地層、化石(鳥の巣石灰岩ほか) 

  永野五位山、ナウマンカルスト,西山不動ヶ岩

  

 ②四国バイカオウレン群生地探訪(佐川町加茂)

        

  佐川町加茂の群生地を訪れバイカオウレン鑑賞

 

③宇宙桜 鉢植え最後の鑑賞(佐川地質館特別展示)

  2009年秋に発芽した宇宙桜(稚木の桜)が成長し、地面に定植し

  ます。今年は日本で最初に宇宙桜の花が咲くようです。               

 申し込み ①佐川の地層、化石(鳥の巣石灰岩)

      ②四国バイカオウレン群生地探訪(佐川町加茂)

  

    上記2つのツアーに参加したい方は無料のバスツアーを催行しますので下記へ申し込んでください。

      無料バスツアーには席に限りがありますので、席が満杯になりましたらお断りする場合があります。

      

 

申し込み先 佐川地質館 電話 0889-22-5500

      

メールアドレス s-046@town.sakawa.kochi.jp

 

 佐川地質館ホームページ           http://www.town.sakawa.kochi.jp/chishitsukan/

 

 

HN: 佐川地質館・Hashikake の記事

仁淀川・四国カルストジオパーク に関する情報

仁淀川流域"宇宙桜の会" に関する記事



 

「高知ファンクラブ」メーリングリストより・・・2/20エ土佐市でエコカーニバル

 

仁淀川町地域支援企画員の西森です。
いつもお世話になっています。

2/20(日)に土佐市高岡で下記のブログ内容のような
エコイベントを行い、盛況でした。
スタッフも頑張りました。なお、この模様はKUTVエコ応援団で
3/13に放送予定だそうですので、ご興味のおありの方は
ぜひ、ご覧ください。


ブログは大きく3つに分かれています。(2/20内容)

2/20エコカーニバル(前編)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10807732481.html

2/20集いあった仲間たち(関係団体等のご紹介)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10808658880.html

2/20エコカーニバル(後編)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10809695459.html


お知り合い、スタッフ、その他の皆様へ転送大歓迎です♪


************************************************
高知県 産業振興推進部 地域づくり支援課
地域支援企画員(仁淀川町駐在)
Name: 西森文明(ニシモリフミアキ) 
Add:fumiaki_nishimori@ken4.pref.kochi.lg.jp
Tel: 0889-20-2072   携帯 090-7780-8073
〒781-1501 仁淀川町大崎214 仁淀川町基幹集落センター
私のツイッターはこちら↓
http://twitter.com/nishimori69
私のブログはこちら↓
http://ameblo.jp/sup2410/
************************************************
仁淀川町PR 特色あるサイト!ぜひアクセスを!
■仁淀川町役場(行政・観光総合案内)
 http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/
■武田勝頼土佐の会(伝説歴史ミステリー)
 http://katsuyoritosa.web.fc2.com/
■によど自然素材等活用研究会(エコ・地域づくり)
 http://www.2410riv.jp/
■山村自然楽校「しもなの郷」(自然体験型宿泊施設)
 http://www14.plala.or.jp/shimona23/index.html
■中津渓谷「ゆの森」(渓谷と温泉そして、フレンチ)
 http://www.yunomori.jp/
■安居渓谷「宝来荘」(紅葉、滝の渓谷美!バンガロー)
 http://www11.ocn.ne.jp/~horaiso/
■秋葉の宿「仁淀川町観光センター」(湖水の眺め最高!)
 http://www2.ocn.ne.jp/~niyodo/
■池川茶業組合(農林水産大臣賞受賞のおいしい新茶!)
 http://ikegawacha.jp/
■木と人交流館「木どり家」(安価に木工づくり)
 http://www5.ocn.ne.jp/~kidoriya/index.html
■田舎のコンビニ「おしおか」(お弁当もやっています!)
 http://oshioka.web.fc2.com/
■(有)土佐自然工場(イタドリキムチはいかが?)
 http://www.tosako.com/
さらにリンクは増えていくかもしれません。
*************************************************

 

に淀川ファンクラブ

 

羽迫博己さんの世界 

四万十川流域のひなまつり2011・・・高知県立図書館ほかで開催中!

 

 

 

羽迫博己さんの世界 に関する記事

ひな人形・・・四万十川流域

羽迫博己さんの、町屋あれこれ


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その2

1~町並み模型館
 
 ここには佐川町の上町周辺の古民家を、1/20に縮小した
 模型を展示しています。
 建物の外観は勿論のこと、内部の障子やふすま・
 掛軸まで細かく再現しています。
 なお、模型造りと製作者のガイドを通して、
 建物の構造と昔の職人の技が見学できます。

2~伊藤蘭林塾(寺子屋)

 蘭林は深尾家に仕える儒官となり、郷校「名教館」及び
 「蘭林塾」で教授すること50余年であった。
 当時の佐川では、大半の学徒の人々は蘭林塾の教えを
 受けている。
 牧野富太郎、田中光顕、広井勇、古沢滋などもすべて
 門下生で、この寺子屋から育っていった。

3~司牡丹 酒蔵

 長大な酒蔵は、長さ85mで国内でも有数の長さを誇る。
 建築は天保9年(1839)で、東西2棟を繋いでいる。
 幕末の頃は、上町だけで9軒の造り酒屋があったが、
 大正7年には3軒になり、竹村本家・竹村出店・浜口家が
 合併して「佐川醸造」を設立した。
 その後、「司牡丹」に発展した。

4~牧野富太郎の生家跡

 植物学者で「日本植物学の父」と呼ばれている。
 富太郎は造り酒屋「岸屋」の跡とりであったが、幼少の
 時代から植物に関心を示し、東京帝大植物学教室に
 出入りするも、さらには独学で研究を深めながら、
 日本人では初めての植物の新種を発見、
 命名を数多く行っている。
 ~草をしとねに木の根をまくら、花を恋して50年~

5~元青山文庫 庫舎

 旧須崎署佐川分署として明治19年に建てられた。
 県内では、最も古い洋風建築である。
 その後、図書館として川田文庫に。時の宮内大臣、
 田中光顕から大量の書物を寄贈され、田中光顕の
 雅号「青山(せいざん)」をとり、青山文庫となる。
 民具館を経て、現在はイベント等で利用されている。

6~浜口家住宅

 浜口家は天正の頃、長宗我部信親の家臣であり、
 江戸中期に香南市手結から移り住み、
 高知・佐川・須崎で酒造業を営んだ。
 屋号を「生金屋(あらがねや)」と言い、大正7年に
 竹村本家、出店、浜口家 三軒の酒屋が合併し、
 佐川醸造(後の司牡丹)を設立した。

7~竹村家住宅  国指定重要文化財

 東の店舗部分は230年、西の客間は170年前のもの。
 幕府の巡検使を迎えた程の格式の高い住宅で、
 高知城「懐徳館」と同様の貼り付け壁(和紙貼り付け)。
 付け書院の花頭窓は、土佐でしか見られない特徴である。
 東棟(店舗)、中棟(住居)、西棟(客間)の
 三棟からなっている。
 入口は西と東の2ヵ所で、西門は巡検使や高官を迎える
 正門で、東門は家人の入口である。

8~町の駅、観光案内所

 この建物は武村本家の貸家棟であり、
 三軒長屋の形式を留めた古い建物である。
 中央の家は、町の駅として観光案内や、
 おみやげの販売もしています。
 一寸一服いかがでしょう

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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2月26日(土)~27日(日)
日高酒蔵ホールにて第3回 酒蔵ひな祭りが開催されます
日高酒蔵ひな祭りパンフ.pdf

今年度は、参加型のひな祭りにしようと計画をしています。例年のステージ発表や雛飾りの展示、売店などに加えて、子どもから高齢者までが作ったオリジナル雛飾りの展示、その場で作って展示する手作り雛飾りのコーナーなどを設けます。そして、2日ともステージ発表の最後に大抽選会を開催し、お土産を持って帰っていただきます。多くの方のご来場をお待ちしています 。
今年のイベントの内容を紹介します。(写真はすべて昨年のもの)

ステージ発表(10:00~15:00)
 25年前の喜楽座公演ビデオの上映
 子どもの民話発表
 オカリナクラブ
 JAコスモス女性部のハーモニカ演奏、歌と寸劇
 佐川ギタークラブ などなど
 
ひな飾り展示(10:00~16:00)
 東蔵と、舟場、酒蔵ホールにひな飾りを展示
 保育園児や小学生、デイサービスの高齢者の手作り雛の展示

手づくりひな人形(昨年度)


石垣へ展示(昨年度)



 









売店(10:00~15:00)
 コーヒー、イモ天、いちご大福、トマトようかん、ピザ、かす汁 シュガートマトやお茶、いもけんぴ などなど日高村特産品の販売予定。














茶道クラブによる抹茶の接待(おかし付き有料)
(11:00~14:00)

















おたのしみ抽選会 
受付で半券を配り、ステージ発表の最後に抽選 豪華賞品(?)が当たります! お楽しみに!
皆様、是非お誘いあわせの上、お越し下さい!
 
 

日高酒蔵会(旧松岡酒造酒蔵保全活用委員会) に関する記事

日高村ファンクラブ


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~その1

司牡丹と坂本龍馬

 司牡丹酒蔵、竹村家の屋号は「黒金屋」と言い、
 慶長8年(1603)より佐川の地にて
 酒造りを営んでいました。
 一方、坂本龍馬の本家「才谷屋」も、質屋などと併せて、
 酒造りを営んでいました。
 才谷屋と佐川の酒屋との間には、煩雑な交流があり、
 竹村家には黒金屋弥三右衛門が
 才谷屋助十郎から、酒造りの株一軒分
 買ったという書状が残っています。
 更には、両家は姻戚関係に在り、
 極め付きは、竹本本家には龍馬の
 手紙(甥の高松太郎宛)も
 所蔵されており、
 代々受け継がれています。

司牡丹と宮尾登美子

 「揚梅(やまもも)の熟れる頃」という
 小説風・ルポ風エッセイ集があります。
 その中に「おきみさんと司牡丹」と題する短編があります
 が、この話は司牡丹に働く土佐の女「おきみさん」と
 蔵人の「恒さん」のほのかな恋心を描いた作品です。
 また、テレビ、映画で放映した
 「蔵」のあとがきには、司牡丹の酒造
 の雰囲気に憧れ、酒造りの文化に
 魅せられたとの記述もあります。

司牡丹と吉田茂

 戦後日本復興の立役者、吉田茂もまた、土佐が生んだ
 偉人ですが、彼の著書「世界と日本」の中に「味のお国
 自慢」として以下の文章があります。
 「土佐の酒はまずいから、よい酒を東京から持っていこう」
 と語ったことがある。これを伝え聞いた選挙区の有志たち
 から「土佐には自慢の酒がある」と叱られた。
 なるほど、飲まされた酒は上等だった。
 「司牡丹」という名の酒で、
 以来その酒を愛飲している。
 昭和35年、遊説のため来高した
 吉田茂元首相は、司牡丹酒造を訪ね、
 会長と快談している。そのときの写真と
 色紙は今も社宝として司牡丹酒造に
 所蔵されています。

司牡丹と牧野富太郎

 牧野富太郎博士の生家は、屋号を「岸屋」と称し、
 代々佐川の地で酒造りを営んでいました。
 明治の中頃、牧野博士はこの酒造を人手に譲り、上京し、
 植物の研究に生涯を捧げます。
 その後、この酒造は司牡丹に譲られますが、昭和中頃の
 台風で一部、牧野博士の
 勉強部屋を残し倒壊した。
 長らく「牧野蔵」として町民に
 親しまれてきましたが、
 平成16年の台風で
 倒壊してしまいました。 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界6

04~臨済宗妙心寺派「青源寺」

 開山したのは慶長8年(1603)創建。1766年再建。
 掛川・長蓮寺の高僧だった丈林宗規が、戦国大名、
 山内一豊や重臣である深尾重良と交わりが深く、
 静観の地 佐川を好んで青源寺を開いた。
 深尾家の菩提寺となる。
 この高僧は特に天皇が許す僧衣に紫の衣があり、
 紫衣僧(しえそう)として人々から尊敬されている。
 青源寺は代々紫衣僧の高僧、名僧を輩出している。 

 02~名教館の玄関

 安永元年(1772)佐川藩主、深尾氏が土居邸内に家塾
 として、「名教館」を創設、のちに藩校として士分の教育に
 資した。1830年東元町に広大な校舎を建設、以来幕末
 まで数多くの人材を育成し、佐川郡の文運を高めた。
 明治2年、版籍奉還により「佐川小学校」と改名し、
 中本町に佐川尋常小学校としての校舎の建築、
 玄関を移設した。 

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

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戦友を失いました            情報プラットフォーム、No.281、2月号、2011

 


訃報に接したのは21世紀に入った直後である。越田豊先生を失ってから10年。
「鈴木先生、"バカ"の口癖は止めた方が良いです。」に「越田先生の"アホ と
ちゃいまっか"はきついです。」とやり返したことを思い出す。2001年3月21日の
一期生の卒業式に先立ち行われた追悼式で鈴木(当時副学 長)が読み上げたもの
を、越田先生を偲びながら採録したい。(Flying Fish(高知工科大学NEWS
LETTER)、No.14(2001,3)に掲載)


         ----追悼 越田 豊 副学長----


 戦友を失いました。高知工科大学を創るという戦場での戦いは熾烈でした。戦
いの相手は誰の心の中にでもある「固定観念」でした。どこに潜んでい るか分
からない相手です。この戦いは8年前に始まりました。副学長として共に、何時
も戦いの先頭を走っていたように思います。

 危篤と伺って駆けつけた1月28日の日曜日。先生の手を握りながら「しっかり
せよと、抱き起こし」の戦友の歌を思い出していました。しかし、友 は顔を上
げてくれません。手の温もりだけが伝わってきました。

 2月2日の告別式の帰り、「戦い済んで、日は落ちて」と心で歌い、涙しながら
伊丹からの高知便に乗りました。もうすぐ大学が出来て4年。そこま で近づいて
きた卒業式。第一期生を送り出す今日このときに、ここにいる卒業生の晴れ姿を
見ることなく、あの世へ旅立たねばならなかったことは大変 な心残りだったで
あろうと推察いたします。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 私の不平や愚痴を黙って聞いてくれた先生、持って行きようのない憤りをたし
なめてくれた先生でした。関西弁特有の穏やかな調子であっても、厳し い内容
を盛り込んだ先生の語り口が懐かしく思い出されます。

 何時だったかはっきりと覚えておりませんが、京都の鱧料理をご馳走になった
ことがあります。これは私の魚だよと言って居られました。豊の魚を 「ハモ」
と呼ぶことを知りませんでした。その時、この次は私が私の魚で奢らせてくださ
いと申し上げました。「スズキ」のフランス料理のつもりで機 会を探していた
のですが、借りになってしまいました。

 「何故、生き物は雄と雌があるのですか」、「その必要性は」、「生物にとっ
てどんな利得があるのですか」と質問したことがあります。これを読ん で下さ
いと渡された本、お返しできずにお借りしたままになっています。新潮選書「な
ぜオスとメスがあるのか」です。先生の思い出、先生の記念とし たいと思いま
す。また読み返してみると、さらに疑問が出てきます。でも、それをぶつける人
はもうこの世にはいません。

 高知工科大学を離れ、お互いに歳を重ねた5年後、10年後に、久しぶりにお会
いして、あのときは大変でしたね、今だから言えるけどこんなだった よ、と
いった会話を先生としている情景を夢に描いていました。残念で、残念でなりま
せん。誰よりも学生が好きで、学生諸君の身になって考える先生 でした。今日
の卒業生のことを最も気に掛けておられた先生でした。先生の情熱や思いは、本
学の学生・卒業生・教職員全員に、永遠に受け継がれてゆ くことでしょう。先
生、これまでありがとうございました。そして、お疲れさまでした。ここに謹ん
で越田先生のご冥福をお祈り申し上げます。

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫   s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154

 

 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の講演・出版の記録

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界5

 

09~竹村家住宅  国指定重要文化財

 東の店舗部分は230年、西の客間は170年前のもの。
 幕府の巡検使を迎えた程の格式の高い住宅で、
 高知城「懐徳館」と同様の貼り付け壁(和紙貼り付け)。
 付け書院の花頭窓は、土佐でしか見られない特徴である。
 東棟(店舗・屋号を黒金屋)、中棟(住居)、西棟(客間)の
 三棟からなっている。
 入口は西と東の2ヵ所で、西門は巡検使や高官を迎える
 正門で、東門は家人の入口である。

09~竹村分家(マル久呉服店)

 分家の初代は、安右衛門守信で安政6年(1777)に
 本家より分家する。屋号を「 久 」を掲げた
 建築は、文政11年(1828)に、そして明治5年に改修。
 当初は質屋を営み、次第に発展して呉服商となる。
 三代目安七守本のころ、土佐国西部では唯一の
 絹織物商として繁盛した。
 この安七が店舗と住居を別棟として
 連続させた家を新築している。

 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界4

05~元青山文庫 庫舎

 旧須崎署佐川分署として明治19年に建てられた。
 県内では、最も古い洋風建築である。
 その後、図書館として川田文庫に。時の宮内大臣、
 田中光顕から大量の書物を寄贈され、田中光顕の
 雅号「青山(せいざん)」をとり、青山文庫となる。
 民具館を経て、現在はイベント等で利用されている。

06~浜口家住宅

 浜口家は天正の頃、長宗我部信親の家臣であり、
 江戸中期に香南市手結から移り住み、
 高知・佐川・須崎で酒造業を営んだ家系の住居です。
 屋号を「生金屋(あらがねや)」と言い、大正七年に
 竹村本家「黒金屋本家」、竹村出店「黒金屋出店」、
 浜口家「生金屋」の三軒の酒屋が合併し、
 佐川醸造(後の司牡丹)を設立した。

 

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像20・・・板垣退助先生像

天保8年(1837)4月17日、土佐藩馬廻格 
   乾永六の長男として高知城下中島町に生れた。
 少年時代から学問よりも相撲や闘犬などの勝負事を好み、
   士格青年の社団組織「盛組」の中心人物として
   乱暴を働き処分を受けている。
 安政2年(1855)には1年間江戸勤番を勤めるが、安政
   3年8月には総領職没収、城下四ヵ村禁足という重い
   処分を受けて、3年間城西神田村で生活したこともある。
 万延元年(1860)父の死去により、知行を50石削られて
   220石で家督を継ぎ、時の仕置役 吉田東洋の
   推薦を受けて藩政に携わり、騎兵術、蘭式兵学を学んだ。
 慶応4年(1868)の戊辰戦争には東山道先鋒総督府参謀
   として出征、その功績により、版籍奉還後は高知藩
   山内豊範の補佐役大参事となった。
 のち明治政府の参議となったが、明治6年征韓論に敗れて
   西郷隆盛らとともに辞任した。
 翌7年1月、同志とともに「愛国公党」を結成、民選議院
   設立の建言を政府に提出、高知に帰って片岡健吉らと
   立志社を設立して自由民権運動を展開した。
 明治15年4月6日、自由党総理として遊説中、岐阜で
   暴漢に刺されたとき、血まみれの中で口にした「板垣
   死すとも自由は死せず」の一言が新聞その他で報道
   され、この言葉が自由民権運動の合言葉になると
   ともに、彼は一躍自由民権運動の英雄となった。
 同年11月から7ヵ月にわたる欧州視察にあたっては、
   その旅費の出所に疑惑が生じ、党内に亀裂を生じる
   など、彼らの運動も曲折を重ねたが、明治22年の
   憲法発布、翌年の国会開設への道を切り開いた。
 その後、板垣は伊藤博文内閣の内務大臣などの要職に
   つくも、明治33年引退後は社会改良運動に尽くした。
 大正8年死亡 83歳。 あぞのに分骨堂がある。

板垣は角刀道振興にも力を尽くし、国技館の名付け親とも
   言われるほどで、記念角刀興行をし、純益15,797円
   が寄贈され、またそれ以外に募金が33,000円に上り
   大正13年銅像が建設されたが、戦時中供出された。

     除 幕: 昭和31年5月11日
     題 字: 板垣退助先生像
     規 模: 本体~2,2 ㍍  台座~4,205 ㍍
           総高~6,405 ㍍
                      事業費: 250万円

 

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土佐の銅像と 津江美和さんの写真

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「鏡川早朝ウォーキング」のポストカード・・・その3  鏡川に雪が積もる

龍馬も泳いだ鏡川  撮影12月 鏡川写楽の会  水田 豊さん撮影

 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界3

 

10~司牡丹 酒蔵

 長大な酒蔵は、長さ85mで国内でも有数の長さを誇る。
 建築は天保9年(1839)で、東西2棟を繋いだものである。
 東棟は「黒金屋本家」、西棟は「黒金屋出店」であった。
 幕末の頃は、上町周辺で9軒も(「黒金屋本家」「出店」
 「岩屋」「入吉屋」「生金屋」「西秤屋」「吉田屋」「岸屋」
 「高橋屋」)造り酒屋があったが、やがて淘汰され、
 大正7年には3軒になり、竹村本家・竹村出店・浜口家が
 合併して「佐川醸造」を設立した。
 その後、「司牡丹」に発展した。

 

07~町の駅、観光案内所

 この建物は武村本家の貸家棟であり、三軒長屋
 (東棟・中棟・西棟)の形式を留めた古い建物である。
 東棟は当初、納屋として建築されたが、後に住宅として
 改築。中棟はかっては味噌蔵であったものを、終戦後、
 住宅に改造後に、納屋として建築。
 西棟は大正期頃までは、高陽銀行(現四国銀行)
 佐川支店として使用されていた。
 現在は、中央の家を、町の駅として観光案内や、
 おみやげの販売もしています。
      ~一寸一服いかがでしょう~

 

 

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高知県仁淀川町駐在の県・地域支援企画員の西森です。
今週末のイベント情報をお知らせします。

このイベントは、リサイクル活動で創出した資金が、仁淀川清流保全活動
に活用されることで、自分たちにも参加できるエコ活動があることに気づ
いてもらう、住民参加型のイベントです。(オープンなイベントです)

多くの皆さんのご来場をお待ちしていますので、お気軽にお越しください。

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「守ろう仁淀川!!エコカーニバルin土佐市」 の開催

日時:平成23年2月20日(日)10時から15時
   ※雨天の場合は2月27日(日)
場所:土佐市「ホームセンターリッチ土佐店」西駐車場(土佐市高岡町甲725-1)



このイベントに向けて回収した着なくなった服のリサイクル販売や、主催者エコネコ
加盟団体が実施している環境保全活動のPR・体験などのイベントが開催されます。
服のリサイクル販売による売上金は、高知県が昨年3月に策定した第2次仁淀川清流
保全計画の取組みを実践する経費に活用されます。
(※本事業は、高知県豊かな環境づくり総合支援事業の補助で実施します。)

☆詳しくはチラシをご参照ください。

イベント内容
   ◇リサイクル衣類販売
 (子供服、Tシャツ、ジーンズその他たくさんの服が並びます。)
販売はチケット5枚(衣類5点分)を、前売200円、当日300円です。
前売券は、サンプラザ各店サービスカウンターにて販売しています。

   ◇各種コーナー
    ・電車のしくみをまなぼう
    ・環境啓発コーナー
    ・楽しい木工教室
    ・エコ工作体験
    ・廃油石鹸づくり体験と販売
    ・楽しくエコを学べるトラック「えこまなぶ」
    ・マグロ販売
    ・老舗鍛冶屋の刃物研ぎ(研いで欲しい刃物をお持ちください)
    ・余り布でエコバック・雑巾づくり
    ・リサイクル商品販売
    ・どんぐりの木・花の苗の無料配布
    ・新聞エコバックをつくろう
    ・竹を使って輪投げしよう
    ・手づくりクッキー販売
    ・仁淀川環境PR、その他地場産品販売

     ◇ステージ
    ・スガジャズダンススタジオ「レインボーチルドレン」
    ・上東パンの学校「スティールパン演奏」

<主催・お問い合わせ先>
エコネコ事務局(株式会社暮らしの情報社 名取弘史)
TEL088-873-5066

こちらでもPRしています♪(ブログ)
http://ameblo.jp/sup2410/entry-10795471241.html


■エコネコとは
地球温暖化防止や清流保全のため、事業者や各種団体などがネット
ワークを構築し、県民一人一人に、環境保全への関心を高めてもら
うための活動を企画・提案・実施していく為に昨年10月に結成さ
れました任意団体です。
参加団体(企業)は、(株)暮らしの情報社、(株)サンプラザ
高知大学環境サークルESWIQ、土佐電気鉄道(株)、積和建設四国(株)、
学研教室高知事務局、によど自然素材等活用研究会、高知ファンクラブなど。

以上、お気軽にお越しください~♪

************************************************
高知県 産業振興推進部 地域づくり支援課
地域支援企画員(仁淀川町駐在)
Name: 西森文明(ニシモリフミアキ)
Add:fumiaki_nishimori@ken4.pref.kochi.lg.jp
Tel: 0889-20-2072   携帯 090-7780-8073
〒781-1501 仁淀川町大崎214 仁淀川町基幹集落センター
私のツイッターはこちら↓
http://twitter.com/nishimori69
私のブログはこちら↓
http://ameblo.jp/sup2410/
************************************************
仁淀川町PR 特色あるサイト!ぜひアクセスを!
■仁淀川町役場(行政・観光総合案内)
 http://www.town.niyodogawa.kochi.jp/
■武田勝頼土佐の会(伝説歴史ミステリー)
 http://katsuyoritosa.web.fc2.com/
■によど自然素材等活用研究会(エコ・地域づくり)
 http://www.2410riv.jp/
■山村自然楽校「しもなの郷」(自然体験型宿泊施設)
 http://www14.plala.or.jp/shimona23/index.html
■中津渓谷「ゆの森」(渓谷と温泉そして、フレンチ)
 http://www.yunomori.jp/
■安居渓谷「宝来荘」(紅葉、滝の渓谷美!バンガロー)
 http://www11.ocn.ne.jp/~horaiso/
■秋葉の宿「仁淀川町観光センター」(湖水の眺め最高!)
 http://www2.ocn.ne.jp/~niyodo/
■池川茶業組合(農林水産大臣賞受賞のおいしい新茶!)
 http://ikegawacha.jp/
■木と人交流館「木どり家」(安価に木工づくり)
 http://www5.ocn.ne.jp/~kidoriya/index.html
■田舎のコンビニ「おしおか」(お弁当もやっています!)
 http://oshioka.web.fc2.com/
■(有)土佐自然工場(イタドリキムチはいかが?)
 http://www.tosako.com/
さらにリンクは増えていくかもしれません。
*************************************************

に淀川ファンクラブ 


根木さんの「鏡川ML」 その7 鏡川・お米の価値

たからちゃんネットの皆さん、おはようございます。

 ●高知駅前や桂浜に「土佐勤王党の3人像」を並べることについて、

 このネットや、高知新聞で議論が、湧き起っていますね。
 ひとつ気にかかるのは、銅像という「芸術様式」を我々県民が、理解して
 いるかどうかです。生野さんは、「製作者」であるので、よくわかって
 おられますね。
  「原点」は、司馬さんのメッセージに込められていると思います。
 そのメッセージを以下、再度登場させました。
 
 <司馬さんが、昭和63年に銅像建設物故者追悼会に寄せたメッセージから抜粋>
 
  銅像の竜馬さん、おめでとう。
  あなたは、この場所を気に入っておられるようですね。
  私もここが大好きです。世界じゅうで、あなたが立つ場所はここしかないのでは
  ないかと、私はここに来るたびに思うのです。
 
  あなたもご存知のように、銅像という芸術様式は、ヨーロッパで興って完成しました。
  銅像の出来具合以上に、銅像がおかれる空間が大切なのです。その点日本の銅像は、
  ほとんどが、所を得ていないのです。
 
  観光ガイドをしている中で、お客さんから、言われるのが、
 高知の「石碑」の多さです。統計的なものを調べては、いないですが、
 言われてみれば、どこかしこ、あります。
 きっと、「銅像や石碑などの記念物」の好きな県民性なのでしょう。
 個人や民間で「記念物」を作るのは、とやかく言うものでは、
 ありませんが、県や市町村が、「記念物」を作るときには、
 「熟慮と相談」をしてもらいたいものです。
 水木さんや北村さん、下司さんたちのご意見のように「税金」を
 使うわけですから。
 
その7 鏡川・お米の価値
   :このような「地域通貨」が、ありました
 
 お米の現物支給(高知県産米)を別の視点(地震時の非常食)から、
考えてみました。
 
<その5鏡川・年収300万と3人扶持切米5石の抜粋> 
 
  最近、「龍馬研究会」の会報の発送作業を行いました。
  その中で、「お米」で"支払い"のはなしが、出ました。
   龍馬の時代のように、お米で代価を支払う、これって、
 おもしろいじゃない?
 高知で取れたお米を「支給」すれば、高知県からお金が、出て行かないし、
 県内産のお米の消費につながるし、お金も循環、これこそ「地産地消」。
  『全部、「お米」の給料をもらっても、困るけれども、一部なら、
 いいんじゃない!』、の結論になりました。
  ・・・。
  【余談】坂本家の年収
 
    県職龍馬くんの遠戚:坂本(龍馬)家の領地高は、
   161石8斗4升。
   高知もしくは、その近辺に居住した郷士82人の平均は、50石程度。
   武市半平太は、51石Ⅰ斗8升7合、岡田以蔵20石6斗4升7合。
 
 
● 観光ガイドで聞かれるのが、坂本家の年収を「現在のお金」に直せば、
いくらになりますか?、です。
 
 お米や、一両が、現在のお金に直せば、いくらか?、は「基準」になるものによって
 相当、違ってきます。
 ある人は、「一杯のそばの値段」、ある人は、「大工さんの手間賃」を基準に
 算出したりしています。
 これも、単なる「目安」にすぎないと私は、思います。第一、「物の価値」が、
 現在とは、違います。
 現在の百円ショップで売っている「竹のザル」と当時の竹のザルは、物の「値打ち」が、
 違います。
 観光ガイドでは、「一杯のそばの基準」をもとにした算出を使ったりもしますが、
 それよりも、上記の半平太や以蔵の石高をもとにしたはなしをすることが、
 多いです。
 『以蔵は、20石ほどですが、そんなに「貧乏」でもなく、ゼイタクは、
 できなかったが、ふつうの生活が、できたそうです。』ってなガイドです。
 
 
さて、お米通貨(現物支給)ですが、別の観点からの「提案」です。
 お米の価値:<お米は、優れた食品で、非常食に最適>
 
  皆さんのお家では、「お米の在庫」は、どれほどありますか。
 我が家では、1年に2度、1年分を「一括購入」します。
 高知市の自宅では、保管に困るので、安芸市の実家にほとんどを置いています。
 少し、遠方での保管ですが、「非常の際」の「備蓄」のつもりです。
 
 ●お米って、なんだろう?:日本の米(富山和子著、中公新書)より。
 
   第一に、栄養価が高く、栄養のバランスにおいても優れ、
   第2に、生産性の高い作物であり、
   第3に、長時間の保存に耐え、そして、
   第4に、おいしかった。
   ・・・日本人が、米を主食としてくることができたのも、また米を
   基本通貨とし給料の役割、貨幣の役割、金の役割を担わせてくることが
   できたのも、そんな国が世界には他になく、またそんな時代をつい最近
   まで続けてくることができたのも、「根底には「米さえ食っていれば」という
   「命の根源」への絶大な信頼があったからにほかならない。それこそは、
   その栄養価の裏打ちがあればこそであったろう。
   ・・・。(P・19)
 
 お米について、関心をもっていただければ、幸いです。
 
 
 
 

2月13日の「鏡川早朝ウォーキング」、6時30分みどりの広場に、約50人が参加されて、盛況でした!(その3)

柳原橋を南に渡って、りょうまスタジアムの前を通ります。(前には筆山が見えます) 

2月13日のオプションコースは、テーマは水鳥、「水鳥の観察」写真も撮ろう!

案内役の「鏡川写楽の会」会長の水田副代表から、簡単な紹介を受けながら、

また水鳥を観察しながら歩きました。

 

 

 ヒドリガモ・オナガガモなど、幾つかの種類の説明を受けました・・・

 

 

 

 「鏡川早朝ウォーキング」記念のポストカードの販売もあり、好評でした。

 「鏡川早朝ウォーキング」の担い手の中心になっている方たちです・・・ポストカードを前にパチリ!

 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界2

 

20~森下雨村の生家

 小説家。明治23年佐川町上郷に出生。
 早稲田大学卒業後、「やまと新聞」の記者をを経て、
 「博文館」に入社、同社の雑誌「新青年」の編集長として
 活躍し、探偵小説翻訳や創作活動をながら、
 推理作家の養成に務め、江戸川乱歩、横溝正史等を
 育てた。今日の「探偵小説の父」と言われている。

        ~五月雨の土に残るや足の跡~

 

 

03~伊藤蘭林塾(寺子屋)

 蘭林は深尾家に仕える儒官となり、郷校「名教館」及び
 「蘭林塾」で教授すること50余年であった。
 当時の佐川では、大半の学徒の人々は蘭林塾の教えを
 受けている。
 牧野富太郎、田中光顕、広井勇、古沢滋などもすべて
 門下生で、この寺子屋から育っていった。

 

 

 

 

 

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「鏡川早朝ウォーキング」のポストカード・・・その2 水鳥

龍馬も泳いだ鏡川  撮影6月 鏡川写楽の会  水田 豊さん撮影

 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の町並み~栗田真二の世界1

 

01~町並み模型館
 
 ここには佐川町の上町周辺の古民家を、
 1/20に縮小した模型を展示しています。
 建物の外観、庭は勿論のこと、内部の障子や
 ふすま・掛軸・欄干にまで細かく再現しています。
 なお、模型の説明を(土・日のみ、佐川くろがね会
 )解り易く、ガイドいたします。
 プロの大工気分で、見学し、古民家の造り方と、
 構造、生活様式をご堪能ください。
 さらに、昔の職人の技が随所で見学できます。

 古民家は全国どこででも見られますが、
 ここでの時間と空間は、あなたにきっと大きな
 満足感、心のお土産を与えられるものと、
 信じています。

 

 

 

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鏡川MLの皆さん、おはようございます。
 
  "変なオンちゃん"から始まった「鏡川シリーズ」、これからも
 随時、書き連ねて、行きたいと思います。
  いろいろな私のボランテイア活動や、私生活の中での体験をふまえた
 内容を、中味に展開する予定です。
 
  読んでいただければ、幸いです。
 
 2月13日の第2回鏡川早朝ウオーキングで出会った、「犬」を連れて、参加の方と少しおはなしをしました。
(坂本耕平さんが、「高知フアンクラブ」にアップして、くれた方です。)
 18才から東京に出られ、2年ほど前に高知に戻られたそうです。
推定ですが、40年以上県外生活をおくられたのでしょう。
高知へ戻って、改めて、高知をながめると魅力あるところだと思うそうです。
 
 
 <さて、 皆さんにとって高知県は、どんなところでしょうか。>
 
★高知県って、どんなところ?
 
 もう、10年くらい前ですが、娘が東京の大学に進学したときに
一番困った質問が、「高知県って、どんなところ?」、だったそうです。
 
 高知で育てば、ある程度、高知県のことは、知っています。
少し知っていても、相手に伝わるように「語れる」かは、別の事です。
高知について、語れる"域"、でなかったということです。
 
 先日、観光ガイドの同期仲間と今後の観光ガイドの役割や、方向性について、
話し合いを持ちました。
その中で、高知県のこどもたち(~高校生・大学生)って、高知県のことを
どれだけ知っているんだろうね、が話題になりました。
 
観光ガイドの皆さんから・・・
  
  
 郷土・高知県のことを何も知らないで、県外に出たり・社会に出ているんじゃ
ないだろうか。
「森」の関係でいえば、「森の出前授業」などのカタチでこどもたちに
森林の機能、植物のこと、いきもののこと、などを学校などに出向き
こどもたちに伝えています。
 でも、高知県の歴史のこと、人物のこと、遺跡、のことなどは、こどもたちに
誰かが、伝えているんだろうか?
こどもたちにこのことを伝える大きな役割を担っているのが、観光ガイドでは、
ないだろうか?
高知県外へ、出るにしても残るにしても、高知県に「誇り」を持ってもらいたいね。
  
  
         ・・・こんな、話になりました。
 
 「龍馬の生まれた町記念館」などにこどもたちが、来館して、また、
地域に出向いての「ガイド」も、実際は、行われており、協力もしております。
 でも、郷土を知り・誇りを持ってもらうために、観光ボランテイアガイド協会で、
もっと積極的に取り組む姿勢が、いるね、の話です。
 

 


2月13日の「鏡川早朝ウォーキング」、6時30分みどりの広場に、約50人が参加されて、盛況でした!(その2)

月の瀬橋の上からは、北山に雪が降っている風景がきれいに見えました。ここからは高知城がきれいに見えたり、鏡川の流れが楽しめるスポットとして橋の中央まで来て、折り返しています。

この朝もきれいな高知城を望む事ができました。 

 

 こども達も何人か参加していました。この二人は、第四小学校の4年生です!と元気に応えてくれました。

4月のお楽しみオプションコースは、この桜並木です。今から満開の桜の下を、皆とだべりながら歩く楽しみを想像しました。

 

今朝の案内役は、「鏡川早朝ウォーキング」ファンクラブの嶋本事務局長(土佐観光ガイドボランティア )です。歩きながら、随所でスポット的に史跡案内を入れて、参加者を楽しませてくれていました。

「鏡川早朝ウォーキング」見所・名所・史跡案内

"地域の宝"を楽しみながら知る事を通して、大切にされたり、誇りに思ってもらえる雰囲気も盛り上がってくるのでは・・・

 

 

 

 

 肩に蛍光ベルトを掛けて参加されていました。暗い中でのウォーキングやジョギングなどの際は、事故防止のためにこのような取り組みがあったら良いね・・・と、推薦の記念写真を一枚!

 犬を連れた方が、途中から合流される場面もありました。わしらーはこの川で泳いで育った・・・など、昔の鏡川の話を聞かせていただきながら歩きました。

 

 

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像19・・・岩崎弥太郎

 

 

岩崎弥太郎先生

天保5年(1834)12月11日、安芸郡井ノ口の地下浪人・
   岩崎弥次郎の長男として生れた。
 少年時代から勉学に励み、三奇童の一人と称された。
 安政元年(1854)江戸に出て、翌年幕府直轄の学校
   「昌平校」の儒官あさかごんさいの元に入門した。

 しかし、父が投獄された知らせを受けて帰国、
   父の訴訟事件をめぐって役人を誹謗したとして、
    彼も一時牢につながれた。

 安政4年出獄後、高知城下鴨田村に住み、吉田東洋の
    門下生になる。
 6年以来、なかずとばずの時期があるが、慶応2年
   (1866)後藤象二郎らによって藩直営の商館・開成館
   が設立され、翌3年、弥太郎は長崎の出先機関
    「土佐商会」の主任として活躍することになった。

 長崎では坂本龍馬や薩摩の五代友厚などとの接触を通じて
   広い視野、自由な発想を注ぎ込まれたことが、その後の
    弥太郎の生き方に大きな影響を与えたと見られている。
 同年郷土から新留守居組に異例の昇進を果たし、明治2年
   (1869)大阪土佐商会主任となって大阪に出て、
   戊辰戦争に伴う軍用金の調達に外国貿易を活用して
    成果を挙げ、四党官権小参事に出世した。

 以後、弥太郎は大阪土佐商会から衣替えした土佐開成社の
   経営に当たる一方、半官半民の「九十九商会」を興した。
 そして譲り受けた藩船に岩崎家の紋所三階菱と、山内家の
   三つ葉柏を組み合わせて作った三菱の紋を付けて、
    東京大阪間の回送運輸業を開始した。

 

廃藩置県後は藩機能を脱却して「三ッ川商会」と改称、
   明治6年にはさらに「三菱商会」と改めて、
    三菱財閥の原型を確立した。
明治7年の佐賀の乱、台湾出兵、10年の西南の役に
   あたって、三菱は軍事輸送を一手に引き受け、また、
   外国汽船を駆逐するという国策に乗って、政府船舶
   の無償払い下げや補助金などの手厚い保護を受け
    海運界に揺ぎ無い地位を確立した。
 しかし、明治11年後ろ盾となった大久保利通が暗殺され、
   同14年政変で大隈重信派が排撃されると、三菱の
   独占を切り崩すため、政府主導で発足した共同運輸
   会社との激しい競争に晒されることになった。
 競争の激化から、政府は共倒れを心配して妥協を勧告、
   明治18年9月、両社は合併して
   「日本郵船会社」が発足するが弥太郎はそれを
    待たずして、同年2月7日病死した。 52歳。

       除 幕: 昭和61年7月12日
       題 字: 岩崎弥太郎先生  字 手島右卿
       規 模: 本体~3,3 ㍍  台座~2,64 ㍍
             総高~5,94 ㍍
                       事業費: 4,100万円

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

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根木さんの「鏡川ML」 その6 鏡川<変なオンちゃんの定義>
 
竹内さん、こんばんは。
 
  私も、竹内さん同様、土佐勤王党・党員3人を並べることについては、
 反対です。
  理由は、このネットで書いたように、「銅像は、置かれる空間が、大切
 と言う、司馬遼太郎さんの考えに、賛同するからです。
  一同に並べればいいと言うのは、観光のみの都合であって、銅像は、
 「芸術作品」であることを、全然考えて、ないのでしょう。
 
  高知県も"龍馬伝"で観光振興をはかる為に、「観光コンサルタント」を
 何人か、雇っていますね。
  当の観光コンサルタントの「考え」は、どうなんでしょうね。
 どんな風に考えているか、聞いてみたいものですね。
 
  高知駅前と桂浜に、「3体像」を並べることについて、ある女性から、
 こんなことを言われました。
 
  『高知って、お金が、ないって、いいながら、3体像を並べるお金は、
  どこから、出るんだろうね。
  お金が、有り余っているわけでないのに、もっと有効な使い道を
  考えてほしい。』
 
 
 
 ★その6 鏡川<変なオンちゃんの定義>
 
  高知県観光振興のため・土佐勤王党結成150年、・・・・だから、
 単純に「3体像」を並べる発想が、生まれたのでしょうか。
 
  これが、家庭の課題であれば、「そのお金、そんなことに使っていいの?」
 変なオンちゃんは、「美学」を持っています。
 
   『けんどねや、ちょっと待てよ。
    なりふり構わないようなみっともないことじゃ、ないろうね。』
 
  「土佐人」って、なんだろう、と考えたことがあります。
 私の定義では、土佐人を一言で、「表現」すると、「けんどねや精神を持った人」、
 となります。
 
  変なオンちゃんは、特有の「美学」を持っています。
 美学が、あるから、オンちゃんの存在が、「輝く」のです。
 変なオンちゃんは、皆、この美学に裏付けられた「けんどねや」精神に
 満ちています。
 
 
 ●この前に、変なオンちゃんの例であげた「西山 小鷹」は、実在の人物です。
 高知県人名事典から、彼の紹介を、以下します。
 
   【西山小鷹(しょうよう)】
    1859年~1928年。近代の漢詩人、名、麓。号、小鷹。
   安政6年6月13日、土佐藩士・西山禎吉直保の長男として生まれる。
   明治3年(1870)9月父を失い、以来母とともに小高坂村(高知市)
   西町52番屋敷の叔父・丸岡莞爾の家に寄寓(丸岡は同年上京)。
   小鷹という号は、小高坂をもじったものか。
 
    青年時代を迎えても就職せず、友人の横山又吉、山崎久典らの家を回っては
   徒食を続けた。弊衣破帽、いつのころか葬式の旗持ちをする人と知られたが、
   いかに貧窮しても権威にへつらわず、人の物は鼻紙1枚も盗まぬことを浪人の
   倫理とした。
 
    漢詩は、竹内峴南の南海吟社に属し、峴南に次ぐ技量の持ち主として
   称揚された。
   晩年は、長生をもてあましていたが、孫の言によれば昭和3年10月11日、
   高知市永国寺丁11番屋敷で死去したという。70才。
   墓は、高知市小高坂丹中山南下。墓表「奇詩人西山小鷹碣(けつ)」。
 

2月13日の「鏡川早朝ウォーキング」、6時30分みどりの広場に、約50人が参加されて、盛況でした!

2月13日の日の出は、6時53分・・・6時30分に集合されたときはこんな状況でした。
神田の中村さんが、ビンにろうそくを灯して持参していただき、周りで"ミニ井戸端会議"の花が咲いていました。

来月の「鏡川早朝ウォーキング」予定日、3月13日の日の出は、6時20分・・・となっています。

 

松尾徹人代表(高知市観光協会会長)も参加され、朝のご挨拶をしていただきました。

2月13日のオプションコースは、テーマは水鳥、「水鳥の観察」写真も撮ろう!案内役の「鏡川写楽の会」会長の水田副代表から、簡単な紹介を受けて・・・出発です。

 

 

 

日の出が近い、東の空をバックに、防寒対策もしっかりの一同が出発進行です。

犬さんもいっしょに!犬を連れて散歩している仲間の参加も呼びかけてください・・・とお願いしました。

 

月の瀬橋の下で、ラジオ体操をされているお仲間さんもありました。

月の瀬橋の上からは、北山に雪が降っている風景がきれいに見えました。

手前に大きく写っている方、前回に続いて今朝も参加された、旧鏡村の村長をされていた川村貞夫市議です。鏡川上流域の代表して「鏡川こども祭」の副実行委員長の一人としても大変お世話になりました。

 

松尾徹人代表(高知市観光協会会長)は日程が詰まっていて、この記念のスナップ写真を撮った後、次の予定箇所へ移動されました。

 

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早朝ウォーキング」のポストカード・・・その1、月の瀬橋から見る高知城

雪の高知城  撮影12月 鏡川写楽の会  水田 豊さん撮影

 

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高知駅前や桂浜に「土佐勤王党の3人像」を並べるそうですね。
 私は、これには、賛成しかねます、反対です。
 司馬遼太郎さんが、桂浜の龍馬像を賛辞した次の文章から、反対理由を
 汲んでください。
 
  <司馬さんが、昭和63年に銅像建設物故者追悼会に寄せたメッセージから抜粋>
 
  銅像の竜馬さん、おめでとう。
  あなたは、この場所を気に入っておられるようですね。
  私もここが大好きです。世界じゅうで、あなたが立つ場所はここしかないのでは
  ないかと、私はここに来るたびに思うのです。
 
  あなたもご存知のように、銅像という芸術様式は、ヨーロッパで興って完成しました。
  銅像の出来具合以上に、銅像がおかれる空間が大切なのです。その点日本の銅像は、
  ほとんどが、所を得ていないのです。
 
 
 
その5 鏡川・年収は、300万円と三人扶持切米五石 
   :このような「地域通貨」が、ありました。 
 
  最近、「龍馬研究会」の会報の発送作業を行いました。
 
  その中で、「お米」で"支払い"のはなしが、出ました。
 
  龍馬の時代のように、お米で代価を支払う、これって、
 おもしろいじゃない?
 高知で取れたお米を「支給」すれば、高知県からお金が、出て行かないし、
 県内産のお米の消費につながるし、お金も循環、これこそ「地産地消」。
 
  『全部、「お米」の給料をもらっても、困るけれども、一部なら、
 いいんじゃない!』、の結論になりました。
 
 
  ●今から5年後、高知市上町在住:高知県職員「龍馬くん」の年収:
 
    ・現金:300万円・・・有税
    ・お米:三人扶持切米五石=10石4斗・・・無税
    (高知県内のお米屋さんでしか使えない「高知県産米・引き換え用
     お米券」で、6月、11月にもらった。)
 
 
   <龍馬くんは、お米券をどのように使ったか>
 
    窪川の龍馬くんの実家では、お米を作っていて、これまでは、
   実家からお米をもらっている。
    龍馬くんの上町の家庭では、お米券は、不要。
   それで、京都市にいる奥さんの両親や、親戚・友人に窪川の新米に
   お米券を「換米」して、御中元とした。
   奥さんの両親や皆さんは、「新米」に大喜び。
   龍馬くんの「株」が、グンと上がったのは、言うまでもない。
 
 
 
   ※註)三人扶持切米五石とは・・・
   
    一人扶持は、一日に付き、米5合、年間一石八斗、三人扶持
   五石四斗、合計 十石四斗。
 
    切米は、何回にも分けて渡される米、または金銭に切り替えて
   渡されるお米のこと。
 
    「一石」は、ひとりが、毎日3回・各一合のお米を一年間食べられる
   量のお米のこと。
    1合×3回×365日≒1,000合=一石
 
  【余談】坂本家の年収
 
    県職龍馬くんの遠戚:坂本(龍馬)家の領地高は、
   161石8斗4升。
   高知もしくは、その近辺に居住した郷士82人の平均は、50石程度。
   武市半平太は、51石Ⅰ斗8升7合、岡田以蔵20石6斗4升7合。
 
 

栄ちゃんの四国霊場巡り・・・27番霊場 神峯寺(こうのみねじ)

 

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

   (四国27番霊場 神峯寺(こうのみねじ) 09/08/17)

出典:四国ネット・・・27番霊場 神峯寺(こうのみねじ)

「真っ縦」といわれる勾配四十五度の一.三㌔の急坂で知られた土佐の関所。寺のある山頂までは三・三㌔あるが、遍路で難行した宮地達観氏の奉仕で自動車道が開通し、歩かずして山門までゆける。

 三菱王国を築いた岩崎弥太郎の母は、幕末のころ弥太郎の開運を祈願して、この急坂を登り、二十一日の間二十㌔離れた井ノ口から神峯寺へ日参した。やがて、弥太郎は大成し後に山林を寄進し、報恩を感謝している。

 寺の縁起によれば、当初天照大神、その他諸神が祀られ、後に行基菩薩が自ら十一面観音を刻んで安置し、神仏を合祀した。大同四年には勅命によって観音堂と名づけられ、廷暦年間に四国霊場に定められた。

明治の神仏分離で一時廃寺となったが、明治十七年再興された。山門は龍園尼の発願で建立。本堂、大師堂は急な山の斜面に建てられている。境内には清澄な霊水が湧き出ており眼下に美しい紺青の海原が望まれる。

 

 

栄ちゃんの四国霊場巡り 

四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

四国八十八箇所(高知県内) 

栄ちゃんワールド・・・大豊町・梶ケ森麓の"ミニ植物園" 

栄ちゃんワールド・・・梶ケ森周辺の風景

 

へんろ道高知

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像18・・・山内容堂その2

山内容堂趣意書

かって、高知城内に、初代一豊公と15代豊信(容堂)公の
   二つが建っていましたが、戦時中強制的に供出されて、
    久しい間姿を消しておりました。
 一豊公の銅像は、有志によって平成8年9月元の藤波神社
   の境内に、雄々しい騎馬像が再現され、
    県市民の多くの人々に喜ばれています。
 容堂公は歴代藩主の中でも傑出した名君で、たまたま
   幕末維新の大激動の時世に偶会し、その識見と才能を
   持って、国事に参与、奔走し「幕末四賢公」の一人として
    名声を天下にはせました。
 慶応3年10月の大政奉還の建白は、公の功業の内の
   最大のものといえましょう。
 書をよくし、酒を愛し、優れた詩文を多く残した容堂公を
   偲び、入国400年を期に、ギャマンの杯を傾け
   大政奉還を喜ぶ公の坐像を、ゆかり深き山内神社の
    境内に建てて見たいと考えました。
 つきましては、皆様のご賛同を頂き、物心両面のご協力
   を戴ければ幸いと存じます。

    除 幕: 平成14年4月10日
    題 字: 大政奉還を喜ぶ山内容堂公
       字: 山内豊秋
    規 模: 本体~1,185 ㍍  台座~1,2 ㍍
          総高~2,385 ㍍
    事業費: 1,281万4千円

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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明朝、6時30分から「鏡川早朝ウォーキング」、参加されませんか!2

2月13日(日)、6時30分 みどりの広場 出発です

当日の予定が詰まっているようですが、松尾徹人代表も参加されます。案内役は、事務局長の嶋本・土佐観光ガイドボランティアほかが担当します。(参加記念スタンプカードの押印用の印を所持しています。)

〇2月13日のオプションコースは、

テーマは水鳥、「水鳥の観察」写真も撮ろう!

案内役は「鏡川写楽の会」会長の水田副代表ほかが担当します(参加記念スタンプカードの押印用の印を所持しています。)早朝でもあり、幾種類かの水鳥の観察が楽しめます。

1月9日、晴天の中で「鏡川早朝ウォーキング」スタート式&ウォーキング実施(その2)

続きです(その4

天神大橋を渡って、鏡川北岸に戻り、出発時点のみどりの広場はもうすぐです。 

松尾徹人代表(高知市観光協会会長)もゴミ拾いに参加しています。

「鏡川写楽の会」会長の水田副代表ほかが担当して、鏡川の写真展示をしてくれました。

応援で参加してくれた高知市の環境保全課や観光課・コミュニティー推進課・健康づくり推進課の皆さんもゴミ処理ほか、大変お世話になりました。

 

「鏡川写楽の会」の皆さんが写した、様々な鏡川の"顔"のスポットがポストカードになりました。羽迫事務局次長が販売を担当してくれ、松尾徹人代表も何枚かまとめて購入されていました。

龍馬姿の 松尾徹人代表(高知市観光協会会長)と、近くにいたスタッフとの記念写真です。参加者とも記念写真は続いていました。

 

 

 テントの撤収など、最後まで頑張ったスタッフの皆さんに、嶋本事務局長から絞めの挨拶がありました。

http://bit.ly/gItE83 ポイントごとの画像リンクあり
http://www.kuroshio.org/kagamigawa_h23_1_9.html トラック再生で実際の歩く速度や標高差が出ます。 

より大きな地図で 鏡川早朝ウォーキングコース を表示  

 

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金ちゃん工房 てんとう虫と花で綴る歳時記・・・2月 椿

2011-111.jpg   

 

 

 

 

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                           2月 椿

 

金ちゃんの手づくり木工品コーナー 目次

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明朝、6時30分から「鏡川早朝ウォーキング」、参加されませんか!

2月13日(日)、6時30分 みどりの広場 出発です

当日の予定が詰まっているようですが、松尾徹人代表も参加されます。案内役は、事務局長の嶋本・土佐観光ガイドボランティアほかが担当します。(参加記念スタンプカードの押印用の印を所持しています。)

〇2月13日のオプションコースは、

テーマは水鳥、「水鳥の観察」写真も撮ろう!

案内役は「鏡川写楽の会」会長の水田副代表ほかが担当します(参加記念スタンプカードの押印用の印を所持しています。)早朝でもあり、幾種類かの水鳥の観察が楽しめます。

1月9日、晴天の中で「鏡川早朝ウォーキング」スタート式&ウォーキング実施(その2)

続きです(その3)

 

柳原橋を南に渡って、鏡川の南岸を歩きました

 

この一帯は凄いゴミがあり、参加した子どもも加わって、皆さん熱心に拾ってくださいました。

 

天神のクスノキ

高さ25㍍、周囲7.5㍍、樹齢推定1000年とされる。高知市指定の文化財。

 筆山(後ろに見える山)をバックに、天神大橋を渡って、鏡川北岸に戻りました。

天神大橋で、親子3人のスナップです。かわいい子どもさんが最後まで頑張っていたのがなんともほほえましく、印象的でした。

 

http://bit.ly/gItE83 ポイントごとの画像リンクあり
http://www.kuroshio.org/kagamigawa_h23_1_9.html トラック再生で実際の歩く速度や標高差が出ます。 

より大きな地図で 鏡川早朝ウォーキングコース を表示   

 

 

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像17・・・山内容堂その1

山内容堂

本名豊信(とよしげ)、隠居後容堂と号した。
 文政10年(1827)分家の長男として生れた。
 嘉永元年(1848)、22歳で宗家を継いで
   15代藩主となった。
 嘉永6年ペリー来航後、幕府の要請に対して「外交意見書」
   を提出、師と仰ぐ吉田東洋を抜擢して
    藩政改革を推進した。
 その後に起こった将軍後継問題では、福井の松平春嶽、
   薩摩の島津斉彬、宇和島の伊達宗城の三藩主と共に、
    一橋慶喜を推して存在を示した。
 また、条約勅許問題にも関与して、時の大老井伊直弼と
   対立したため、安政6年(1659)には、いわゆる
    「安政の大獄」で隠居、謹慎の身となった。
 「桜田門外の変」のあとの幕政改革を受けて、文久2年
   (1862)4月謹慎を解かれると、再び国政に関与し、
    公武合体策を堅持して時局の収拾を図った。
 翌3年の8・18政変後は土佐勤皇党弾圧に踏み切り、
   武市半平太らを断罪したが、慶応2年(1866)の第二次
   長州征伐の大敗後の長州処理と、兵庫開港問題を
   めぐる四候会議の解体以後、幕府の限界を見抜き、
   坂本龍馬の「船中八策」を基本とする後藤象二郎の
    意見を容れて大政奉還を建白した。
 維新後は中央政界を去り、「鯨海酔公」と称して酒と詩文
    (700首を残す)に明け暮れる豪遊の生活に浸った。
 明治5年(1872)6月21日没。墓は品川区太井にある。
           昭和19年、供出された。

     除 幕: 大正15年(1926)11月7日
     規 模: 本体~3,94 ㍍  台座~4,55 ㍍

     総高~8,49 ㍍
                     事業費: 39,315円

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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私の故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景  17 ミツマタ蒸し

ミツマタ蒸し(皮を剥いで良質の紙の原料となる)

昭和20~30年代には大豊町の歌詞(広い豊かな大豊村は、駅は七つの土讃線、炭に木材、紙の素・・・)にもあるように、町(村)の産業としてどこの家にも見うけられた光景であったが、今ではほとんど目にすることはない。

甑(こしき)を吊るすテコも、パワーショベルを使用 (写真・都築一久さん)

 

 

栄ちゃんワールド・・・我が故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景 目次

栄ちゃんワールド・・・梶ケ森麓の"ミニ植物園" 目次

栄ちゃんの四国霊場巡り 目次

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金ちゃん工房 てんとう虫と花で綴る歳時記・・・1月 福寿草

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                       1月 福寿草 

 

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「鏡川早朝ウォーキング」ファンクラブ 事務局ニュースNo.1  2011.2.8

代表:松尾徹人(高知市観光協会会長)

事務局・連絡先    嶋本:090-5141-8669  坂本:090-2781-7348 羽迫:090-1005-6524

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(出発式のあと、坂本龍馬スタイルで参加された、松尾代表を先頭に約100余名が出発!)

 

事務レベルの会を持ちました

2月7日、三翆園ホテルの喫茶室にて「鏡川早朝ウォーキング」ファンクラブの事務レベルの会を持ちました。

これには、松尾徹人代表をはじめ、森田・水田副代表、川崎・根木委員、嶋本・羽迫・坂本事務局が参加しました。

幾つかの反省点を踏まえて、2月以降の取り組みについて話し合い、役員の皆様にご提案することにしました。

 

2月の「鏡川早朝ウォーキング」は、

2月13日(日)、6時30分 みどりの広場 出発です

当日の予定が詰まっているようですが、松尾徹人代表も参加されます。

案内役は、事務局長の嶋本・土佐観光ガイドボランティアほかが担当します。(参加記念スタンプカードの押印用の印を所持しています。)

 

毎月テーマを設定して、希望者が参加するオプションコースを併設し、楽しみながら参加者を増やしていくことに!

〇2月13日のオプションコースは、

テーマは水鳥、「水鳥の観察」写真も撮ろう!

案内役は「鏡川写楽の会」会長の水田副代表ほかが担当します(参加記念スタンプカードの押印用の印を所持しています。)

早朝でもあり、幾種類かの水鳥の観察が楽しめます。 

〇3月13日のオプションコースは、

テーマは梅、「天満宮の梅」を予定しています。

〇4月10日のオプションコースは、

テーマは桜、「築屋敷ほかの桜並木」を予定しています。

 

毎月の定例ウォーキングは、自主参加・自己責任方式です。

あなたの好みの、自由な形で参加ください!

毎月の定例ウォーキングの実施を通して、参加者の健康増進と交流促進を図ることを目的にしています。

いただいたアンケートなどでは、

もう少し長い距離を歩きたい。

もう少し早く歩きたい。

などのご意見がありました。同じような思いの方が集まって、スタート地点でグループを作って出発するのも楽しいのでは・・・と話しています。 

出発時間が早すぎる!

のご意見がありました。スタッフの中でも意見が分かれており、先日の事務レベルの会では、出発時間を2回にして、冬場は1回目を6時30分、2回目を8時から9時ころにしては・・・などの話が出ています。(検討中です)

 

写真カード 好評販売中です!

「鏡川写楽の会」の皆さんが、鏡川の様々な"顔"をスポットした、写真カード(ポストカード)好評販売中です!

担当の羽迫・事務局次長が、2月13日も販売する予定です。1枚100円です。5枚組とか10枚組のセット販売も計画中です。

販売益を会員の皆さんへの通信費に使うことにしています。(販売促進にお力添えを!)

 

1月9日、10時から鏡川・みどりの広場で、出発式とウォーキングを実施しました。

早朝から準備・運営に参加された皆さんやお忙しいなか参加された役員の皆さんお疲れ様でした。

詳細は、ブログ「鏡川早朝ウォーキング」(検索)をご覧ください。

「鏡川早朝ウォーキング」 に関するページ

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          (ウォーキング協会の皆さんの指導で全員が準備運動をしました。)

 

             IMG_0600.jpg

(鏡川の環境保全の一環として、歩きながら"ゴミ拾い"もしました。ビン・カン用とそれ以外のゴミに分けるために、袋が2枚ずつ配られました。)

 

「鏡川早朝ウォーキング」見所・名所・史跡案内

「鏡川早朝ウォーキング」 に関するページ 

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第1回 鏡川こども祭 目次  (カテゴリーから連続で記事を見る事が出来ます) 

鏡川流域の情報交流会 に関するページ


松木隆和さん(南国市)の写真コーナー8・・・香長平野のナベヅル(飛行)

                     香長平野のナベヅル(飛行)

                     香長平野のナベヅル(飛行)

                     香長平野のナベヅル(飛行)

出典:ウイキペディア ナベヅル

 

松木隆和さん(南国市)の写真コーナー

南国市ファンクラブ

高知の自然・環境

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土佐くろしお鉄道「土佐中村駅」の構内に、

 

高知県西部のアンテナショップ「LIGRI(りぐり)」

 

がオープンしました!!

 

 

 

 

006_ligri_01.jpg  

「りぐる」とは、「吟味する」「選りすぐる」等の土佐方言で、

 

その名のとおり「高知県西部の逸品」を取り扱っています。

 

 

 

 

006_ligri_02.jpg    店内・・・まさに「LIGRI」な品々

 

 

 

このショップを運営している有限責任事業組合LLPしまんと」とは、

 

「自分たちで出来る地域活性化を!」という熱意を持った

 

四万十市内の若手実業家8名が会社をたちあげ、

 

「四万十川流域の食材を使ったお菓子

 

(パイ、クッキー、かりんとうetc)の製造・販売」に着手。

 

そして、

 

「同じ思いを持つ地域の方々の商品も一緒に売り出していこう!」

 

ということから、平成231月にアンテナショップを開店しました。

 

 

ゆくゆくは「地域のモノ・ヒト・チエが集まる場」をめざし、

 

「楽しく」をモットーに頑張っています。

 

 

 

ここで、LLPしまんとが開発した商品

 

「青のりパイ(350円/1ヶ)」のCM

 

 

    青のりをパイ生地にも練り込み、じっくりていねいに焼き上げているので

 

    青のりの風味をとじこめたままカリッとした食感に仕上がってます。

 

    手軽な大きさなので、お土産等にもオススメですよ。

 

 

 

 

006_ligri_03.jpg       商品説明はイケメン店長におまかせを♪

 


    取扱商品(一部)  20231月現在

 四万十市・・・・青のりパイ、醤油、パン、染物 ほか

 宿毛市・・・・・・小夏ジュース、入浴剤、パウダー ほか

 土佐清水市・・魚めしの素、宗田節関連商品 ほか

 黒潮町・・・・・・黒砂糖、天日塩、グァバ茶、キビナゴフィレ ほか

 大月町・・・・・・ひがしやま、月光桜の香り商品 ほか

 三原村・・・・・・ユズ商品、香り米 ほか    

 

 

 

四万十市にお越しの際は、是非お寄りください。

 

営業時間: 午前10時から午後6時半まで 

 

TEL : 0880-34-0304  FAX : 0880-34-0304

 

http://shimantollp.net/

 

 

 

HN高知県地域づくり支援課

 

N:地域づくり支援課 さんの記事

四万十市ファンクラブ

 

 

 


私の故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景  16吉野川

吉野川は、高知県いの町、白猪谷を最源流とする、延長194kmの一級河川。四国三郎の異名で、利根川(坂東太郎)、筑後川(筑紫次郎)とともに有名。

50年3月に早明浦ダム、池田ダムの竣工によって、洪水調節・下流既得用水・香川用水等の取水の安定化を図り、四国地方の経済・市民生活に大きな影響を及ぼしている。

 

栄ちゃんワールド・・・我が故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景 目次

栄ちゃんワールド・・・梶ケ森麓の"ミニ植物園" 目次

栄ちゃんの四国霊場巡り 目次

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長宗我部ファンクラブ事務局です。

1月は行く、2月は逃げる、3月は去る・・・・の、怒濤の3ヶ月真っ最中。
1日があっと言う間に過ぎて行く気がしていますが年のせいでしょうか(笑)
日中、少し暖かくなって来たとは言え朝晩はまだまだ寒い日々が続きそうです。
体調を整えて元気にお過ごしくださいませね。

今月も長宗我部ファンクラブをよろしくお願い致します☆

2011年 如月号(2月8日発行) メニュー

(1)3月6日(日)「長宗我部家臣七十三士 慰霊祭」が執り行われます
(2)清酒「香宗我部」が高知酒造さんより新発売されました!
(3)2月11日(金)第15回 長宗我部を語る会 開催!
(4)長宗我部紀行13-小浜亭馬楽-

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(1)3月6日(日)「長宗我部家臣七十三士 慰霊祭」が執り行われます
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3月6日(日)16時30分から、高知市種崎の浦戸大橋たもとで「長宗我部
家臣七十三士 慰霊祭」が執り行われます。
この慰霊祭は今年初めて行われるものです。
竹に入れたろうそくを七十三本砂浜に立て、夕暮れの時間に合わせて
慰霊を行うということで、辺りは厳かな雰囲気に包まれそうです。

どなたでも参加可能ですので、興味のある方はぜひご参加ください。
(主催:浦戸湾むかしものがたり語り部の会、協力:長宗我部ファンクラブほか)

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(2)清酒「香宗我部」が高知酒造さんより新発売されました!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
辛口純米酒「香宗我部」が高知県いの町「高知酒造株式会社」さんより
この度、新発売されました。
香宗我部氏は甲斐源氏武田氏の流れを汲み、長宗我部元親の弟、親泰を
養子に迎え元親の四国制覇の一翼を担ったとされています。

ラベルにデザインされた鎧や陣羽織がいかにも戦国的で印象的です。
(鎧や陣羽織は高知県立歴史民俗資料館に展示されているそうです)

酒屋さんで見かけたら、ぜひお手にとってご覧下さい!
これからのお花見シーズン、酒席でも話題になりそうですよ。

高知酒造株式会社さんのサイトはこちら
http://kochi-sake.com/takiarashi/?p=210

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(3)2月11日(金)第15回 長宗我部を語る会 開催!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
毎月1回開催している「長宗我部を語る会」。
2月は、11日(建国記念の日/金)ゆうあい工房にて19時より開催します。 
(ゆうあい工房は高知市はりまや町3丁目20番1号 北街ビル2階。
1階に不動産屋さんのあるビルです)

益々芸に磨きがかかりつつある小浜亭馬楽さんによる講談もあります。
参加費はお一人様300円です。(1ドリンク代含む)
お誘い合わせの上ぜひお越しください。(近隣にコインパーキングあり)

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(4)長宗我部紀行13-小浜亭馬楽- 
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
小浜亭馬楽さんによる長宗我部関連史跡のご紹介です。

長宗我部紀行13
吉良・本山・長宗我部三氏の歴史が息づく吉良城(小浜亭馬楽)

高知市春野弘岡上 大谷地区
かつて吉良ヶ峰を背負うように吉良城があった
城は南嶺と北嶺にまたがっていた

竹林の中の険しい道を登るとドラム缶がある
「チリ入れ 歴史公園建設期成同盟会 1977.2.13」
このドラム缶自体に34年の歴史がある
歴史公園にはならなかったが
歴史が息づいていることに変わりはない

竹のガードレールに沿って登り南嶺に着く
この陥没した穴は何だろう
南端から見る仁淀川と春野の平野
北嶺へは竹の橋がかかっている
少し怖いが何とか北嶺に着く
ここが詰の段

文武両道を重んじた吉良氏は
この城下で儒学を講じさせた
土佐の南学が始まった
本山茂辰が城を奪った
長宗我部に負けたとき
この城を守っていたのは
長浜で負けた大窪美作守だった
元親の弟親貞が入り吉良親貞となった
長宗我部盛親も一時在城していた

吉良・本山・長宗我部の歴史が交差し息づいている
土佐の戦国を偲ぶにはよい城だ
 
==編集後記==
今月のファンクラブ通信、いかがでしたでしょうか。

今週は5月20日~22日に高知県立美術館ホールで行われる劇団
シアターキューブリックさん「誰ガタメノ剣」公演の設立総会も開かれ、
長宗我部フェスに向けて盛り上がって行きそうです。

また、2月19日(土)には「土佐の鎌倉長浜と長宗我部の史跡を歩く
ツアー」が、3月5日(土)には高知県吾川郡いの町の「土佐和紙工芸村
くらうど」で長宗我部にちなんだ宿泊付きの講演会、座談会なども
予定されているそうです。

あちらこちらで、長宗我部に関する活動の盛り上がりを感じますね。

これからも長宗我部ファンクラブをよろしくお願い致します。

■ ご意見、ご感想などはお気軽にどうぞ!
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発行    :長宗我部ファンクラブ事務局
お問合せ  :dokodemodoa0328@yahoo.co.jp

 

 

長宗我部ファンクラブ事務局 の記事

長宗我部ファンクラブ

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鏡川MLの皆さん、こんばんは。
 
   <土佐人顔>
 
   私は、大学は、関西の大学でしたが、関西フエりーをよく利用しました。
  船内を見渡した時、会話を聞くまでもなく、ああ、この人は、「土佐人」、と
  即・判断できたような気が、したものです。
  判断基準は、「顔」です。顔つきに特長があるように思いました。
  女の顔は、判別が、つきぬくいですが、男の顔は、判別できました。
 
   私の大学時代、大阪に住んでいた父の従姉妹(生きておれば、110才くらい) は、「梅田を歩いていても、高知の女は、色が黒いのですぐわかるよ」、と
  言っていました。皮膚の色が、判断基準だったようです。
 
  
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  <鏡川河川工事>
 
  先日、高知大学へ行く途中、鏡川橋の上から、河川工事を
 しているのが、見えました。
 
  鏡川だけでなく、県下どこの川も、草木で覆われているのが、気になります。
 今回の鏡川の工事は、本格的な川さらいのようです。
 雨の少ない、この冬の時期に行っているのでしょうが、川の様相が、
 一変することでしょう。
 
  先週の日曜日に、「鏡川トリム公園」の一斉清掃に参加して来ました。
 紅葉橋周辺でも、大きな河川浚渫(しゅんせつ)工事になって、いますね。
 生態系への影響の大きさを考えれば、大規模工事は、よくないとの
 意見もあります。
 しかし、現実問題として、「適正な工事規模」を決めるのは困難でしょうね。
 
 
 

根木勢介 さんの記事

鏡川ファンクラブ

鏡川早朝ウォーキング 

(2月13日朝6時30分、鏡川・みどりの広場スタートで、第2回「鏡川早朝ウォーキング」が実施されます。鏡川近くの方、参加されませんか?)


羽迫博己さんの、土佐人の銅像15・・・坂本龍馬先生之像

坂本龍馬先生之像

この像は石材である。
 高知県展立体部門無鑑査の作家狩野信児さんの作品。
 桂浜の坂本龍馬像をモデルに制作、寄贈した。
 
     備付: 平成13年4月27日
     素材: 本体~中国産黒御影石、台座~白御影石
     題字: 坂本龍馬先生之像
     規模: 本体~0.65 ㍍、台座~1.1 ㍍
          総高~1.75 ㍍

所在地:
   高知市浦戸城山龍馬記念館前

 

坂本龍馬銅像 設立趣意書

桂浜の巌頭にくだくる太平洋の荒波が不断のノミをふるって彫り
   あげたものに、長宗我部があり、維新の志士があり、
    岩崎があり、浜口がある。
 大政奉還を中心とする明治日本の創業史をひもとく時、吾人は今更
   ながら先輩のこう業のかくやくとして雄麗なるに心躍るを覚ゆる。
 なかんずく坂本龍馬が維新史における重要さを思うとき、うたた一剣
   風雲をよびこしょう天下に鳴りし彼が豪快を偲ばざるを得ない。
 おもうに彼が世にありし、雄略ならびなかりし三十ゆう三の生涯は、
   一意明治日本の創建にささげ尽くされたというべきである。
 恨むべし京洛秋風せきれきの夕べ凶刃このめいけいじを奪い、
   志業中道にして砕け、壮心ついに施すに由なからしめた。
 何等の凶刃ぞ何等の恨事ぞ。
 しかも彼が回天の壮図はなかば功を収め国本ようやく固く、皇運天譲
   と栄ゆるべき基は不抜に培われて、鴨川のほとり彼がそそぎし
   鮮血千歳にわたって紅を吐き、彼の栄誉永く日本の歴史と共に
   生くというべきである。
 同人等先生の高風を慕うこと、ここに年あり、此の度相図って広く資
   を募り先生の像を建てんことを発願した。
 おもうに先生の大業を誤り無く伝えるの道は別に史家にえんだいの
   筆これあるべし。
 吾人は別に一家の見を有する。
 即ちにっせき先生の英姿をせんぎょうすることによりて第二第三の
   坂本をこの土に生ぜしめんとするにある。
 すなわち吾人の期待はかかって次代にあり未来にある。
 爾来南海の地才俊多く、今郷党のために万丈のこうえんをあぐ。
 しかも同人の期待は更に百代の後嗣に之を継ぎ、千歳のこうこんに
   之を見んとするにある。
 頭をめぐらせば国事日に多端にして国歩日にけんかんを加う。
 時運非にして英雄を思うは古今同てつである。
 第二の坂本出でよ、第三の坂本出でよ。
 同人の期待は、意図はここにある。頑是無き少年といえども其の蕨の 

如き拳を振って発奮を誓うべきを思えば、吾人の企てにかぎりなき
   命の躍動覚ゆるではないか。・・・・・・
        昭和二年五月  坂本龍馬先生銅像建設会同人
 

坂本龍馬の写真

慶応2年(1866)6月、長崎の上野彦馬
   (我が国の写真術の始祖)
   の写真館で撮影されたものとみられている。

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

投稿数の多い、投稿者一覧

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私の故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景  15大豊町・大平

 

 

白屋根の旧養蚕小屋が改築され、近く"絵画ギャラリー"としてオープン予定

 

栄ちゃんワールド・・・我が故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景 目次

栄ちゃんワールド・・・梶ケ森麓の"ミニ植物園" 目次

栄ちゃんの四国霊場巡り 目次

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4月2日(土)、第3回土佐塩の道30kmウォーキング大会 参加者募集!

 

 

【お申込受付】 当日:添乗 上別府090-4331-6180

TEL088-884-1120 FAX884-1178

 

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この画像は、塩の道保存会会長・公文寛伸さんが撮影されたものです。

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塩の道 に関する記事

奥ものべ を楽しむ会

公文寛伸会長のスケッチコーナー(30)


根木さんの「鏡川ML」 その2 鏡川 変なおんちゃんの話
 
  おばちゃんは、変なおばちゃんになれるだろうか?
  私の偏見と独断であるが、おばちゃんは、「現実主義」だから
  変なおばちゃんには、なれない、のである。
  おばちゃんには、「変に」なって欲しくもない。
  第一、可愛くも、なくなるから。
  
 
 <安岡章太郎:「鏡川」、の本から>
 ・築屋敷に一時住んでいた「丸岡莞爾」、の縁者:西山麓(小鷹)
  と横山又吉
 
 ★変なおんちゃんが、たくさん登場するが、その中から:
 
  ・・・。
  『横山よ、持つべきものは友人じゃ。わしは君の友情が
  何にもまして嬉しいし、感謝する、有難う。山崎にも
  よろしゅうに伝えてくれ・・・』
  と、早速にも山崎のところへ出かけて行きそうな気配である。
  横山も、これなら世話のし甲斐もあった、と上機嫌だった。
 
  『ただし、おまんのその「山崎」という呼び捨てはイカんぜよ。
  「山崎先生」とまでは言わんでも、「山崎さん」ぐらいに言わんと
  相手はともかく大病院の院長じゃきに・・・。おまんが山崎の部屋へ
  入って二人だけで、漢詩でも教えいう時なら「山崎」でも結構じゃ。
  けんど、技師やら助手やら婦長やらの大勢おる前で、おまんが
  「オイ、山崎」いうて呼び捨てに呼んだら、こりゃ、ちくと能が
  悪かろうぜよ・・・』
 
   すると、たったいままであれ程喜んで、はしゃぎ気味でさえあった
  小鷹が顔色を変えている。
  『よ、横山よ・・・』それだけ言うと小鷹は、昂奮のあまり、痩せて
  縦皺(たてじわ)の寄った頬を痙攣させ、暫くはなにを言っているのか、
  言葉にもならないようだった。『お、おまさんの言うことが、さっきとは、
  別人のように違ごうちゅうねや・・・』
 
   横山は、小鷹の言葉がやっと聞き取れたが、こんどは何を言わんと
  しているのか、意味が良くわからなかった。
 
  『わしあなァ、誰のことでも呼び捨てにする、おたがいに人間同士、
  それが当たり前じゃないか・・・。あれは明治の終わりか大正の
  初めじゃったか、奥州の会津で松平容保の墓を見に行こうと思うて、
  道で女学生らしいのに訊いた、「容保の墓、何処ですぞ」とね、すると
  その女学生、キッとなって訊きかえしたものじゃ「カタモリさまのお墓
  ですか」と・・・。わしゃあ、あきれてねえ、「はあ、カタモリサマですか」
  というたもんじゃ。土佐じゃ山内容堂のことは「容堂サマ」とは言わんろう、
  歴史上の人物じゃからな・・・』
 
   ここで横山は、やっと反駁(はんばく)のキッカケをつかんだ。
  『山崎はなア、歴史じゃない。生きた医者で家には、看護婦も医者の卵も
  大勢おる、書生も人力車夫もたくさんおって、それが皆、山崎を「先生」
  と呼ぶ』
 
  (途中略)・・・。
  『わしは、おまんのことじゃあち、一ぺんも先生というた こたあ
  ありゃせんぜよ』
  その一言に横山はギクとなって、たじろいだ―。
  じつは横山は高知市立商業学校の創立者で、明治31年の開校以来ずうっと
  校長で大正6年に引退するまで、それを 続けてきた。
  しかし校内ではともかく、一旦校門を出ると、仲間の連中には誰にも
  先生などとは、呼ばせはしなかった。・・・。
 
  ⇒漢詩の実力・技量は、人から評価されるほど優れているが、
  世間に対する「柔軟さに欠ける」ので、生活に困っている小鷹。
  結局、友人の横山又吉(黄木)の持って来た山崎先生の申し出を断る。

松木隆和さん(南国市)の写真コーナー7・・・香長平野のナベヅル(焼き跡地で餌拾い)

 

出典:ウイキペディア ナベヅル

 

松木隆和さん(南国市)の写真コーナー

南国市ファンクラブ

高知の自然・環境

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像14・・・坂本龍馬先生像

 

坂本龍馬先生像

天保6年(1835)11月15日、高知城下で
   郷土坂本八平・幸の次男として生れた。
 14歳から日根野道場で剣術を学び、19歳から2度に
   渡って江戸に遊学、千葉道場で剣を磨く一方、
    米国軍艦の来航に伴う沿岸警備等を経験する。
 土佐に帰っては、知識人で画家の河田小龍に啓発され、
   海軍の強化、通商航海の必要性を強く認識した。
 文久元年秋、土佐勤皇党に加盟、武市半平太の命を
   受けて長州を訪問、藩の枠組みを超えた久坂玄瑞の
    思想に触れ、翌年春帰国後、3月24日脱藩。
 長州・九州を経て江戸に赴き、幕臣勝海舟に師事して
    海軍建設の計画を推進した。
 神戸海軍塾解散後は薩摩藩の保護を受けながら、
   同志を集めて長崎で「亀山社中」を設けて通商航海業
   を営み、中岡慎太郎らと連携して慶応2年(1866)1月
    の薩長同盟成立に大きな役割を果たした。
 翌3年1月、長崎で土佐藩参政 後藤象二郎と会見、
   相提携して国事に尽くすことになり、脱藩を放免され、
   「亀山社中」を解散して土佐藩の遊軍海援隊とし、
    その隊長となった。
 同年6月には、横井小楠の「国是七条」を下敷きに、
   大政奉還論とその後の国政のあり方を示す「船中八策」
   を作成して、後藤象二郎に示し、土佐藩からの
    大政奉還建白が実現した。
 10月14日、将軍慶喜が大政奉還を上奏、龍馬は新政府
   の構想に奔走したが、15日夜、京都近江屋で同志
   中岡慎太郎と会談中、幕府見廻り組の刺客に襲われ、
    闘死した。 33歳。
              墓は京都東山区の霊山墓地にある。
     徐 幕: 昭和3年5月27日
      題 字: 坂本龍馬先生像
      規 模: 本体~5,3 ㍍   台座~8,18 ㍍

      総高~13,48㍍ 事業費: 25,695円

所在地:
   高知市浦戸 桂浜公園龍頭岬

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

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根木さんの「鏡川ML」 その1 変なおんちゃん、が奇妙になつかしい。

 

< 鏡川のことを随時、書き連ねます。>

  ご覧、いただければ、幸いです。
 
 
 
   安岡章太郎の本が、読みたくなって、購入した。
 「鏡川」、と言う本。ブック・オフで、350円。
 
  金高堂などには、安岡章太郎の本は、置かれていない。
 文庫本も、なくて、まして、単行本も置いてないのである。
 ブックオフや、井上書店には、置いてある。
 高知県出身というだけでなく、作家として有名な人だけに
 残念な気がする。
 
  1920年(大正9年)生まれなので、私の母(89才)より少し
 年長で、ほぼ、同じ時代を生きた人。
 (まだ、亡くなっていないので、殺しては、いけない。)
 
  安岡章太郎に興味を持つのは、「古い土佐人」について、
 関心が、あるから。
 土佐の魅力は、「ひと」。
 「ひと」だと、司馬遼太郎が、言っている。
 はりまや橋を歩くひとをながめているだけで"この土地の人"は、
 どこか、ほかの国の人と違っている、と司馬さんは、思った。
 
  司馬さんの言う、土佐人、は、どこに行ったのか?
 いまは、はりまや橋の喫茶店から、町を歩く人を見ても、
 東京を歩く人と別段、変わらない、同じ、に思う。
 
  この本には、「古い土佐人」と私が、考える人が、
 たくさん登場する。
 こんな人が、オンちゃんが、こどものころには、
 いたなあ!、と思う。
 今でも、ときおり、古き土佐人の「片鱗」を感じさせる人に
 出会うときがある。
 はなしのはしばし(端々)や考え方に"独自なもの"があるのだ。
 生き方も、どこか、違うようだ。
 ああ、これが、私が、あこがれた「土佐人種」だ、と思ったりする。
 
  かく言う私も、いまやこの「オンちゃん」の世代、なのである。
 いま、はりまや橋を歩くひと、となんら変わらない、かもしれない。
 
 
  
この鏡川MLには、変なおんちゃん、「変人・奇人」が、
 いっぱいいる、と言われたら、私は、うれしい。
 
 
 
 変なおんちゃんになりそこねたおんちゃん:
 
 

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー6・・・香長平野のナベヅル(散歩中の人も)

               香長平野のナベヅル(散歩中の人も見物)

                香長平野のナベヅル(子どもヅルの羽ばたき)

 

出典:ウイキペディア ナベヅル

 

松木隆和さん(南国市)の写真コーナー

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羽迫博己の、森のようちえん・・・その考え方と目的(その11)

大人への癒し

少しゆっくり辺りを見回して、
            少しゆっくり深呼吸
 
  子どもの活動なのに大人のほうが夢中になって
    遊んでいる姿を見ることがありますが、

   大人たちにとっても森林は集中力が
                 高まる環境なのです。

  自然の持つ多様性はいつも、どんな人にも様々な
    発見と気づき、そして喜びをもたらしてくれます。

  どんな人も深い癒しの感覚を得られるのも、
    森林の大きな効用の一つなのです。 

自然界の癒しの効果 リラックス・・・

人の溢れる社会の中で、本当にリラックスできる
    空間がどれほどあるでしょうか。
  現代人の私たちには、
    力を抜ける空間と場が必要です。
  もちろん、森林の中では人間関係も在り、
    周囲への配慮も必要です。
  それでも、森林で目に飛び込んでくる風景に
    心をほぐされない人は、少ないのでは
    ないかと思います。

              高知市神田のアジロ山で遊ぶ子どもたち 

 

              高知市神田のアジロ山で遊ぶ子どもたち 

 

羽迫博己の、森のようちえん

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像13・・・武市半平太 2

武市半平太像

福田寺境内にある武市半平太像は、最初の銅像の
     原型で、高さ約 1 ㍍ 。
  昭和55年3月、同町出身、で高知市在住の安岡益吉
     が、寄贈したものである。
  なお、同境内には、二十三士の墓が祀られている。

所在地:安芸郡田野町福田寺境内

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ) 

 

              (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03)

             (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

             (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

             (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

             (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03) 

              (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03)

              (四国26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ)  09/07/03)

 

出典:四国ネット・・・26番霊場 金剛頂寺(こんごうちょうじ) 

津照寺をあとに、室戸から西北へたどると土佐湾に向って小さくつき出した岬がある。硯の産出で知られる硯ケ浦のある行当岬で、海抜二百㍍の頂上に金剛頂寺がある。

室戸岬の最御崎寺と相対しているので最御崎寺を東寺、金剛頂寺を西寺ともいう。

山麓からの急勾配の参道を七宙㍍ほど登ると山門になる。広い境内をおおう椎の大木。弘法大師は若かりしころ、この山で修行され、大同元年には勅命を帯びて鎮護国家の道場として寺を創建し、ご本尊の薬師如来を刻まれた。

その後、七堂伽藍は整備され、寺領三千五百石を有し後に長曽我部元親や山田忠義からも保護されている。

文明と明治の火災のため、堂塔を焼失するが、いずれも再興され、昭和五十八年に、本堂が新しく建立された。霊宝館には、大師が背負って歩いた旅壇具や真言八祖像など重要文化財六点のほか、古美術六十点が保管され、境内の鯨昌館には泉井守一氏関係のめずらしい捕鯨具類などが展示されている。 

 

栄ちゃんの四国霊場巡り 

四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

四国八十八箇所(高知県内) 

栄ちゃんワールド・・・大豊町・梶ケ森麓の"ミニ植物園" 

栄ちゃんワールド・・・梶ケ森周辺の風景

へんろ道高知

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像・・・武市半平太 1

 

武市半平太先生

土佐勤皇党盟主 武市半平太は、文政12年(1829)
   9月27日、長岡郡仁井田郷吹井村の土佐藩白札格
    武市半右衛門の長男として生れる。
 本名は小楯、瑞山は号である。
 幼少から城下に寄萬して、学問・絵画・剣術の修行に励み、
   22歳で新町に道場を構えて、弟子の指導にあたった。
 28歳の安政3年、鏡新明智流に入門し、
   短期間で皆伝を受け、塾頭に推挙される。
 井伊大老暗殺事件後の万延元年(1860)から中国・九州を
   歴訪、勤皇の志士としての志を固めていった。
 翌文久元年8月、江戸で土佐勤皇党を結成し、盟主に。
 9月土佐に帰って同志を募る一方、藩庁に働きかけて、薩長
   に遅れじと土佐藩を挙げて勤皇に進むべしと進言した。
 文久2年(1862)4月、山内容堂の意を受けて、反対する
   吉田東洋を暗殺し藩論を変革、藩主豊範を擁し上洛した。
 土佐藩は薩摩、長州と共に京都警備、国事周旋の朝命を
   受け半平太は他藩応接役となり、10月には留守居組に
    昇格ている。
 土佐勤皇党の全盛期はこの時期までで、翌文久3年8月、
   京都政変で公武合体派が政治の主導権を握ると、
   容堂は勤皇党弾圧に踏み切り、9月半平太も
    同志とともに捕えられた。
 南会所の獄にあること1年9ヶ月、慶応元年(1865)
   5月11日切腹を命じられた。37歳。
 墓は生家近くの武市家墓所にあり、
   また瑞山神社として祀られている。

       除 幕: 昭和61年6月7日
       題 字: 武市半平太先生  字 中内知事 
       規 模: 本体~3,0 ㍍   台座~4,5 ㍍
             総高~7,5 ㍍
       事業費: 2、047万3,000円

所在地:須崎市浦の内
        横浪半島

獄中で詠んだ詩 

花依清香愛 ~ 花は清香によって愛せられ
  人以仁義栄 ~ 人は仁義を以て栄ゆ
  幽囚何可恥 ~ 幽囚何ぞ恥ずべけん
  只有赤心明 ~ 只赤心の明らかなるあり

 

羽迫さんの世界

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羽迫博己の、森のようちえん・・・その考え方と目的(その10)

ナチュラルな身体能力

森林という多様な環境ほど優れたジム
              は他にありません。
                   
 

 自然の中では様々な動きを要求されます。

  急斜面を登ること、逆に下ること、木を登る
    ために体を駆使すること、怪我をしないよう
    に体をいかに確保するか。

  転んだときにどのように手をつけば怪我を
    しないか、あらゆる環境を備えた森林で、
    あらゆる体の動きを覚えることが出来ます。

  それは、必ず将来の健康な礎になるのです。

木登りで学べること!

バランスよく力強く、そして観察力鋭く

意図的な運動によって個々の能力を伸ばす
    「体育」や「スポーツ」では、それぞれ特化
    した能力が育つのが解るでしょう。

  例えば、短距離の早い人、体の柔らかい
    体操選手、水泳選手。

  でも、それぞれの運動能力をバランス良く
    備えた体を作るにはどうしたら良いでしょうか。

  森林を動き回ると、それだけで様々な運動を
    一度に行う効果が得られます。

 

 

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羽迫博己の、森のようちえん

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(高知県高坂学園生涯老人大学講義、H21,2,12(J 組)、H21,7,1( I 組)、
H22,4,16(GH組)、於;高知市東部健康福祉センター)

(高知県高坂学園生涯老人大学講義、H21,9,24(AB組)、H21,11,4(CD組)、於;高知
人権開発センター)


高知に宇宙を近づけるには

~土佐宇宙酒と宇宙桜、そして次々と~  
                                        鈴木 朝夫

1)「役に立つこと」と考えない--科学技術の発展のためは×、直接的費用対効果は×
無重力の世界のミケランジェロ

2)「楽しいこと」「面白いこと」を思い付く--夢を膨らますには○
土佐宇宙酒}、{}、{トンデモ科学の大冒険

3)「子供達との遊びを楽しむ」--好奇心・探求心は○、豊かな感性○、もの作り○
国際宇宙ステーションを肉眼で見よう}、{星の降る夜}、{花伝説・宙へ!

4)「森羅万象、日頃の関心」--理系・文系の区別はしないは○、答えはない○
杉の大杉}、{皆で、朝はシャキーンと

付録){無重力下で脳ミソは何を考えるだろうか}--新々古今和歌集、打ち下
ろし花火

 

〒718-0054  高知県香美市土佐山田町植718

鈴木朝夫   s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

0887-52-5154、携帯 090-3461-6571

 

鈴木朝夫の講演・出版の記録 目次

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー5・・・香長平野のナベヅル(群れて)

 

                                         香長平野のナベヅル(群れて)

                                      香長平野のナベヅル(群れて)

出典:ウイキペディア ナベヅル

 

松木隆和さん(南国市)の写真コーナー

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像・・・中岡慎太郎2

中岡慎太郎の像

天保9年4月13日、当地柏木に大庄屋の長男として
    生れる。
 徳川の幕政が弱体化し、武家社会の矛盾が怒りとなり
    民衆の心を動揺させていた幕末の時代である。
 庄屋見習い時代の慎太郎は、農民の貧苦を己の
    心の痛みとし、藩権力と対峙した。
 慎太郎が目指した維新回天も、つきつめると不平等な
    武家社会への挑戦であったといえる。
 その魂があったからこそ誰もが着眼いえなかった薩長連合
   を龍馬と共に成し遂げ、倒幕の為の公家どうしの協力
   体制を築くなど、公憤に燃え国事に
    その生涯を捧げつくした。
 この像は、草そうの志士として維新の大道を歩んだ慎太郎
   の真の姿の再来を願い、生誕160年を機に、全国の
    方々からの募金により建立されたものである。
 また、この石碑の中には建立募金者名の記された
   建立記念誌、平成10年度地元、北川小・中学高生徒の
   文集がタイムカプセルとして埋蔵されており、
    生誕二百年(2038)の年に取出される。

        平成十一年四月十三日
           中岡慎太郎銅像建立実行委員会

        徐 幕: 平成11年4月13日
        題 字: 中岡慎太郎の像
        書 体: 岩崎放牛
        規 模: 本体~1.8 ㍍   台座~1.55 ㍍
              総高~3.35 ㍍
        事業費: 2.550万円(寄付金)

所在地:安芸郡北川村柏木
      中岡慎太郎館前

 

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羽迫博己の、森のようちえん・・・その考え方と目的(その9)

ごっこあそび

「想像力」は「思いやり」の力
 
  想像力と空想力は、人間社会で生きるために
    大変重要な力です。

  これが欠落していれば、友達の苦しみを想像して
    やったり、空の向こうで起こっている問題に
    ついて考えることが出来ないからです。

  そうした重要な力が備わるのは、子どもの頃
    でないと育ちません。

  森林という場には、想像と空想を促し、
    創造力を育てるための十分な環境が
    用意されています。

想像力は五感から

100年後にこの樹はどこまで育っているかしら

想像力・空想力は現実的には必要のない
    能力だと思われがちです。

  でも、逞しい想像力は世界の出来事に目を
    むけて、色んな問題について考えたり、
    その解決方法を想像したり、そしてそれを実行
    するために重要な力だと思います。

 

 

               高知市神田のアジロ山で遊ぶ子どもたち 

 

羽迫博己の、森のようちえん

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羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町(その10)

 

 

                        大国町通り

 

                        西町・元町通り

 

                        大和・元町通り

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

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 ※この事業は、「平成22年度高知県豊かな環境づくり総合支援事業」の助成をうけて実施します。

エコホテルフォーラム.gif

高知県地球温暖化防止県民会議県民部会グリーンコンシューマーワーキング提案事業です。

●土佐からECOなおもてなしを考える
  ホテル・旅館の環境への取り組みは、利用者へのサービスとの関係もあり、なかなか難しい面があります。
  しかし一方で、事業所として省エネや環境への取り組みを進めることが社会的に求められるようになってきております。
  本フォーラムでは、観光立県をめざす高知県において、環境への取り組みのファーストステップを探る目的で開催します。

【日時】 平成23年2月22日(火曜日)13時から15時30分

【場所】 高知男女共同参画センター3階大会議室(高知市旭町3丁目115番地)

【参加費】 無料 ※要事前申込 参加申込書.doc MicrosoftWord

【プログラム】
 第1部 講演
 「星野リゾートの環境経営」
  塩手 勝久 氏(株式会社 星野リゾート環境マネジメント担当) 

 第2部 報告
 「高知のホテル・旅館のアンケートからみる現状と提案」
  伊藤 綱男 氏(エコアクション21審査人、高知県環境カウンセラー協会 副会長)

 第3部 エコホテルトーク
 「どう進める?環境への取組」
  ・塩手 勝久 氏((株)リゾート環境マネジメント担当)
  ・宮地 理香 氏((株)サウスブリーズホテル 代表取締役社長)
  ・内田 洋子  (高知県環境カウンセラー協会 会長)

【共催】 高知県環境カウンセラー協会 高知県地球温暖化防止県民会議
【後援】 高知県旅館ホテル衛生同業組合 高知県観光コンベンション協会
【協力】 くらしを見つめる会
【主催者パンフレット】  エコホテルフォーラムパンフレット AdobeAcrobatPDF

 【会場案内地図】

より大きな地図で こうち男女共同参画センター を表示

 

HN:甲ちゃんスマイル さんのページ

イベント情報高知

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五台山の環境整備に一役

森林ボランテイア活動で整備を進める~竹林寺の森林整備も実施

(五台山に集結した森林ボランテイアのメンバーたち。作業前の説明を受けています)

 高知市の名所のひとつである五台山を整備して欲しいと管理をしている土木事務所から森林ボランテイアに声がかかったことを受け、1月16日に約40名ほどが参加して作業をしました。

(森と緑の会と森林ボランテイアが協力して標柱も立てました)

 五台山のテレビ塔付近に集まった森林ボランテイアのメンバーは、まず作業の説明を受け桜の苗木50本を植え、標柱を立てた後、枯れ松1本切り倒し、焼却処分のため搬出も行いました。

(松の枝や葉は、焼却処分に、松材は登り窯の燃料にします)

(松の切り株。大きな松の木も小さな松くい虫にはかないません。)


 また、五台山にある竹林寺の住職さんからは「裏山に植えられているヒノキが、手入れをしないままにきており、立ち枯れもみられたり、風で倒れたりして、景観が悪くなっているので木って欲しい」という要望を受け、午後にはこれらの作業も行いました。

(竹林寺の住職さんから人工林のヒノキの間伐を依頼されました。)


 今後の作業についてもボランテイア活動の一環として、ヒノキ林の整備作業を行う予定です。このように森林ボランテイア活動はさまざまな活動を展開できるようになってきています。


 

鏡川大好き人間 サダヤンの徒然日記

 

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー4・香長平野のナベヅル

                  香長平野のナベヅル(遠くは物部町・白髪山)

 

                   香長平野のナベヅル(家族、中2羽は幼鳥)

 

出典:ウイキペディア ナベヅル

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像・・・中岡慎太郎1

 

中岡慎太郎

天保9年(1838)4月13日、安芸郡北川郷で大庄屋 
    中岡子伝次の長男として生れた。
 7歳で野友村の島村策吾塾で、詩書・儒学・南学と広く知識
   を吸収し、高知に出て武市半平太に剣術を学び、また
    江戸に出て高島に砲術も学んだ。
 文久元年(1861)、土佐勤皇党に加盟、翌2年五十人組
   に参加して出国、以後諸藩の志士と交わり国事に奔走、
    慎太郎と名を改めた。
 3年9月、土佐勤皇党弾圧が始まり、武市半平太らが
   投獄されると、慎太郎も危険を感じて脱藩、以後石川
    清之介と変名、尊皇攘夷派の指導者として活躍した。
 禁門の変では、遊撃隊に加わって負傷、長州に逃れて
    11月には忠勇隊長となった。

 この頃から、武力討伐の立場に立って
    薩摩・長州の間を周旋した。
 薩長連合の達成は慎太郎の努力に負うところが多い。
 慶応3年(1867)には、岩倉具視と三条実美の提携を
  実現し、一方で薩土倒幕密約の締結を実現、陸援隊を
  組織して自ら隊長で副隊長に田中光顕をすえて、
   倒幕挙兵に備えた。
 しかし、大政奉還後同年11月15日、京都近江屋で
  坂本龍馬と会談中、見廻り組に襲われて龍馬は即死、
   慎太郎は重傷を負い、2日後 絶命した。
 墓は京都霊山墓地にあり、遺髪が北側村に埋葬されてる。

       除 幕: 昭和10年5月7日
       題 字: 贈正四位 中岡慎太郎

説明文

所在地:室戸市室戸岬

天保9年4月、安芸郡北川村に生れる。
 幕末の頃、天下の志士と交友し、陸援隊を組織し
   その長とはり、海援隊長 坂本龍馬とともに、薩長連合
   をはかり、明治維新の大業に尽力したが、慶応3年
   11月15日夜、京都において刺客のため斃れた。
                               満30歳。

 

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土佐の銅像と 津江美和さんの写真

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羽迫博己の、森のようちえん・・・その考え方と目的(その8)

 

新しい自分さがし

 多様な刺激は、多様な扉を開きます。

  今まで、ただの葉っぱだと思っていた木の葉に
    様々な形があること。

  また、それに興味を持つ自分がいる。
    親が虫嫌いだからと接することの無かった
    昆虫の不思議さに心を奪われる。

  こどもの心をノックする要素は、森林の中に無限
   に散りばめられてあり、心を刺激させるのには、
   最適な場所と云えるでしょう。

  新しい発見は、自分の中だけで起きるものでは
   なく、周りに変化も起こさせします。

  例えば、いつもは話をしない子同士が虫を
    きっかけにお互いを知り、仲良くなったりとか、
    周りの子ども達や大人に意外な気づきを
    もたらすはずです。

わたしって、こんなに働き者だったかな?

想像力・空想力は現実的には必要のない
    能力だと思われがちです。

  でも、逞しい想像力は世界の出来事に目を
    むけて、色んな問題について考えたり、
  その解決方法を想像したり、そしてそれを実行
    するために重要な力だと思います。

 

ジョハリの窓

ジョハリの窓とは、自分をどのように公開し、隠蔽するか、コミュニケーションにおける自己の公開とコミュニケーションの円滑な勧め方を考えるために提案されたモデル。

 

               高知市神田のアジロ山で遊ぶ子どもたち

 

羽迫博己の、森のようちえん

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像・・・飛翔の像

飛翔の像

文久2年3月、高知城下をあとにした坂本龍馬と沢村惣之丞
   (関雄之助)の脱藩ルートは、梼原の宮野々関から
   九十九曲峠を越え、城川町土居を経て、宇和島・長浜
    方面から、長州へ渡ったとされている。
       ~新しい脱藩ルートの確認~
    宮野々関~韮ヶ峠~野村町~河辺村~五十崎町~
                       大洲~長浜~長州
 平成9年4月、龍馬と惣之丞、道案内をした那須俊平の
    群像建立計画が持ち上がり実現した。
 
     除 幕: 平成10年7月16日
     題 字: 飛翔の像
     規 模: 本体~2,35 ㍍、台座~2,3 ㍍
           総高~4,65 ㍍
     事業費: 1163万円

顕彰碑

新しい時代の予感が28歳の龍馬の心をとらえた。
 脱藩という大罪を犯して、大望のために土佐を捨て、
   河辺村榎ヶ峠に至ったのは、文久2年3月26日。
 近代日本の誕生に命を賭けた龍馬の旅は、
   ここ河辺村から始まった。
 この坂本龍馬脱藩の道は、平成8月11月1日に文化庁
   の「歴史の道百選」に選定された。
 私たち河辺村民は、この道を文化遺産として大切に
   保管することを誓い、ここに龍馬、総之丞、俊平の
     顕彰碑「飛翔の像」を建立する。

 

羽迫さんの世界

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー3・・・香長平野のナベヅル(羽ばたき)

 

 

出典:ウイキペディア ナベヅル

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羽迫博己の、森のようちえん・・・その考え方と目的(その7)

自然の協調性

自然の中でさらけ出される人間の
   本質は、普段とは違う人間関係を
               つくりだします。

  森林の中では、自然の事象を中心にして、自然に
    子ども達の輪ができます。

  虫が好きな子、花が好きな子が集まったりと、
    自然なことなのです。
  また、急な上り坂ではお互い声を掛け合ったり、
    危険な場所では手を貸してお互い助けあったり
    といった姿は自然に見られるようになります。

  自然の中では、お互いを思いやる・
    助け合う気持ちが生れるようです。 

みんなで一緒に、協力しないと解決できない。

自分では処理できない事態の発生を別の人の
     能力を頼って解決するわけです。

  そうした必要性から、
     森林ではより広く深い関わりを、周囲の
     友達と作ろうとします。

                高知市神田のアジロ山で遊ぶ子どもたち

 

羽迫博己の、森のようちえん

若草幼稚園 「すくすくの森」と子どもたち  に関する記事 

羽迫さんの世界 

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー2・香長平野のナベヅル(4号掩体の前で)

                          香長平野のナベヅル(4号掩体の前で)

         香長平野のナベヅル(4号掩体の前、右後方は香北町・御在所山)

 

出典:ウイキペディア 掩体壕(えんたいごう)

掩体壕(えんたいごう)は、航空機を敵の攻撃から守るための格納庫掩体掩蔽壕掩壕とも言う。 通常は、コンクリート製でかまぼこ型をしており、内部に航空機を収納する。簡易なものは爆風・破片除けの土堤のみであり、天井がないものもある。なお英語ではBunker(バンカー)と呼ばれ、名称上は武装拠点であるトーチカと区別されていない。陸上自衛隊では「掩体」、航空自衛隊ではこれを行政上は「えん体」、運用上は「シェルター」と呼称する。

高知空港近くの南国市に7基残されているという[2]。南国市が文化財に指定し、掩体壕について説明する看板を設置。

出典:[ホーム]高知空港 > 南国市の史跡

掩体壕

 南国市ののどかな農村風景を見ながら車で走っていると、黒い口を開けたかまぼこ型の人工物が突然目に飛び込んできます。掩体壕または掩体と呼ばれ、戦時中に航空機を空爆から守るために造られました。鉄筋コンクリート造りで頑丈に出来ています。戦後、木造などで撤去可能なものは撤去されたものの、幅42メートル、奥行き22メートル 、高さ10メートルの大型の掩体壕をはじめ、全部で7基(下図参照)がそのまま残されています。

 全国的にも戦跡を文化財として残していこうという声がありますが、南国市にも、この戦跡を史跡として登録し、歴史を伝えようと活動している人々がいます。国内では原爆ドームをはじめ、様々な戦跡が史跡として登録されています。

出典:ウイキペディア ナベヅル

絶滅危惧II類(VU)環境省レッドリスト[a 3]

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー

南国市ファンクラブ

高知の自然・環境

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羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町(その8)

 北岡義文邸~西町     

   建築年代は大正10年で、当初は酒屋を営んでいた。
 主家の屋根は下屋を持つ切妻形式の平入りで、
 屋根材は浅瓦である。間口の狭い短冊型の同一敷地内に、
 主家以外にカマヤと2棟の蔵を持ち、それらが接道面に
 立ち並び敷地内で美しい町並みを形成している。
 現在は、解体され駐車場になっている。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

              (四国25番霊場 津照寺(しんしょうじ) 09/07/03)

 

出典:四国ネット・・・25番霊場 津照寺(しんしょうじ)

 室戸岬から海岸沿いを六㌔ほどゆくと町中に小高い山があり、その山上に本堂がある。

参道右に大師堂と本坊。本堂へは百八の急な石段があり、ご本尊は大同二年、弘法大師が巡錫されたときに刻まれた延命地蔵菩薩。

秘仏で拝観はできないが、海上の安全と火難除けの霊験あらたかという。慶長六年十月、国守の山内忠義は室戸岬を航行中、突然暴風におそわれた。

そこへ大僧があらわれて船の楫をとり、全員無事、室戸港へ避難することができた。港につくと僧の姿が見えないので後を追うと、津寺の本堂の中へ消えた。

ご本尊を拝したら、全身潮でびしょぬれで、それ以来揖取地蔵とよばれ、多くの船人から信仰されるようになった。また、寛保二年の大火の時も、ご本尊が僧の姿となって、人々を避難させたという。

境内に立つと眼下に室戸港がある。野中兼山の部下一木権兵衛が難工事の築港を命じられ人柱となっており、参道沿いに一木神社としてまつられている。 

 

栄ちゃんの四国霊場巡り 

四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

四国八十八箇所(高知県内) 

栄ちゃんワールド・・・大豊町・梶ケ森麓の"ミニ植物園" 

栄ちゃんワールド・・・梶ケ森周辺の風景

 

へんろ道高知

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像・・・維新の門(その3)

坂本龍馬

高知の郷士 坂本八平、妻幸の次男として生れる。
 江戸は千葉定吉の門に入り北辰一刀流を修める。
 武市 山と交わり勤皇党に血盟加入、文久2年春同志
   澤村惣之丞と脱藩、勝海舟らに啓発される。
 薩長同盟の締結、大政奉還の推進など、維新の指導者として
   活躍したが、慶応3年11月15日、盟友中岡慎太郎と
   共に京都近江屋で倒れた。

中平龍之介

梼原村地下浪人 中平佐平、妻登根の長男として生れる。
 那須俊平に剣を学び、同士と気脈を通じ、
   勤皇の志を篤くする。
 文久3年脱藩、長州忠勇隊に入り禁門の変に参戦した。
   激闘の末、重傷を負い自決した。

澤村惣之丞

高知潮江村の地下浪人の家に生れる。
 文久2年春坂本龍馬と共に脱藩、勝海舟の神戸海軍塾に
   学び、亀山社中に加わって、
   坂本龍馬の片腕となって活躍した。
 慶応4年1月、幕府軍の敗退を知って長崎奉行は解散した。
   その奉行所を占拠して市中の治安維持に当たっている
   とき薩摩藩士を誤殺、「この大事なときに薩摩と土佐の間
   に溝を生じてはならない」と従容として自決した。

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

吉村 虎太郎 に関する記事

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー1・香長平野のナベヅル(1号掩体の前で)

 

                              香長平野のナベヅル(1号掩体の前で)

 

出典:ウイキペディア 掩体壕(えんたいごう)

掩体壕(えんたいごう)は、航空機を敵の攻撃から守るための格納庫掩体掩蔽壕掩壕とも言う。 通常は、コンクリート製でかまぼこ型をしており、内部に航空機を収納する。簡易なものは爆風・破片除けの土堤のみであり、天井がないものもある。なお英語ではBunker(バンカー)と呼ばれ、名称上は武装拠点であるトーチカと区別されていない。陸上自衛隊では「掩体」、航空自衛隊ではこれを行政上は「えん体」、運用上は「シェルター」と呼称する。

高知空港近くの南国市に7基残されているという[2]。南国市が文化財に指定し、掩体壕について説明する看板を設置。

出典:[ホーム]高知空港 > 南国市の史跡

掩体壕

 南国市ののどかな農村風景を見ながら車で走っていると、黒い口を開けたかまぼこ型の人工物が突然目に飛び込んできます。掩体壕または掩体と呼ばれ、戦時中に航空機を空爆から守るために造られました。鉄筋コンクリート造りで頑丈に出来ています。戦後、木造などで撤去可能なものは撤去されたものの、幅42メートル、奥行き22メートル 、高さ10メートルの大型の掩体壕をはじめ、全部で7基(下図参照)がそのまま残されています。

 全国的にも戦跡を文化財として残していこうという声がありますが、南国市にも、この戦跡を史跡として登録し、歴史を伝えようと活動している人々がいます。国内では原爆ドームをはじめ、様々な戦跡が史跡として登録されています。

出典:ウイキペディア ナベヅル

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松木隆和さん(南国市)の写真コーナー

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羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町(その7)

 檜山寅吉邸~本町

  建築年代は江戸時代後期で、酒屋を営んでいた。
 町屋の構成は二列二室(列ごとの機能を明確にする)の
 プランを持つ主屋に、カマヤが角屋形式で接続し、
 中庭をはさんで酒蔵が配置されている。

宮崎 綾邸~藤町

  建築年代は大正10年で、当初は紙問屋だつた。
 道路側から主家・カマヤ・附属屋・蔵そして、客殿が別棟で
 配置され、主家から濡縁で連絡している。蔵造り形式で
 一階は下見坂、なまこ壁、物見格子、二階は防火的な
 塗り戸から構成される漆喰塗籠造りで、軒懐も垂木を
 覆い直線的に分厚く塗り籠めている。
 壁は黒塗りに仕上げられ、より重厚に、
 大正期の代表的な町屋といえよう。 

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

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羽迫博己の、森のようちえん・・・その考え方と目的(その6)

~持続する集中力~ 

森林の多様性は深い学びと集中力を
           促す素材の宝庫です。

  森林は、子ども達の好奇心を余すことなく
    受け入れるだけの多様性に溢れています。

  生き物、石や落ち葉、木の葉、そして空気や色
    など、多様性を素材に組み合わせて、
       上手に授業を展開できれば、

   子ども達にとっては基本的に生きる力である
     好奇心と探究心を、存分に延ばして、良い
     集中力を持続させることができると思います。

 

こんなに楽しいけど勉強。なんだよね!

今の子ども達は塾や習い事で忙しいと
     言われています。

  そんな子ども達を森林に連れて行ってあげる
     と目をキラキラさせて喜んでくれます。

  たまには違う環境も良いのかもしれません。

 

 

                高知市神田のアジロ山で遊ぶ子どもたち

 

羽迫博己の、森のようちえん

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栄ちゃんワールド・・・大豊町・梶ケ森麓の"ミニ植物園"26 クスノキの仲間5

クスノキ・・・樟脳を採る原料、防虫剤の樟脳を含み、耐久性があるので、建築・家具・仏像の材料となるほか、街路樹としても多く植えられている。

 

 タブノキ・・・葉や樹皮を粉末にして、線香や蚊取り線香を作る。潮にも強いので防潮林にも用いられる。

 

栄ちゃんワールド・・・"ミニ植物園"

栄ちゃんの四国霊場巡り

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金ちゃん工房・・・2011年 糸ノコで作る歳時記 2節分(鬼の豆まき) 

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                        糸ノコ で作る

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                    節分(鬼の豆まき)

 

金ちゃんの手づくり木工品コーナー 目次

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