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2011年3月アーカイブ

連載第3回 若草幼稚園「すくすくの森」と子どもたち・・・知的好奇心を育む(その4 年中児の知的好奇心)

           高知市若草幼稚園 園長 岡林道生 執筆 〔『保育の実践と研究』(第15巻第4号)より転載〕

 

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3.知的好奇心を育む 

 

(3)年中児の知的好奇心(興味、関心)の特徴 

②こだわる、集める、並べる

 

 年中児が森で遊んでいる様子を見ていますと、一つのものにこだわる、こだわった物を集める、集めたものを並べるという特徴が見られます。そうしながら、現実と物語の世界を行きつ戻りつして遊んでいます。

深い森の中には、子どもたちへの贈り物がたくさん落ちています。椿の花がポトリポトリと落ちていたり、くちなしの花びらがポツンと落ちていたりします。秋が深まってくると赤や黄、茶色の落ち葉と一緒にドングリの実が大小様々丸いのや長いのがそこらじゅうに落ちています。

 

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 この日は、Hちゃんのグループが黄色い葉っぱを集めて遊んでいました。「先生、黄色い葉っぱきれいでしょう。」「そうね、きれいな黄色やね。」「お船みたいなかたちでしょう。」「ほんとね、お舟みたいやね。」「そうでしょう。」「Hちゃん、赤い葉っぱもきれいだよ、ほらっ」と私が手にとって見せると「そうね」という顔を見せるだけでした。

 

そして、「Rちゃん、黄色い葉っぱ集めよう。」「そうしよう」とRちゃん。「あ、あそこにあるよ」とHちゃん。「あっ、ここにもあるよ」とちょっと離れたところからYちゃんが届けてくれました。

 

石を台に見立てて、MちゃんとKちゃんが集めた葉っぱを並べ始めました。「ねー、黄色い葉っぱってきれいでね。」とKちゃんが言います。Rちゃんが小さい棒を持ってきて、「これでバーベキュー作ろう」と言い、そうしようと6人で作り始めました。「先生、バーベキューいりませんか。」「おいしそうだから頂きます。いくらですか?」「いくらにする?」などとやり取りが始まりました。

 

途中で私が「赤い葉っぱのも欲しいなー。」と言うと、「今日はありません」とHちゃんが言い、みんなも「今日はありません」と言います。なぜ、他の色はいけないのでしょう。そういえば、Iくんのグループはドングリばかり集めて遊んでいるようです。それも同じ形、同じ色のどんぐりばかりを集めています。拾ってきたドングリを道の斜面に並べていたNくんが「ねね、このまんま行きよったら魔法使いの家に行くがやない?」と言い出しました。

 

「お菓子の家が見つかるかもしれん。」とTくん。「そうで!」とNくん。FくんとOくんとSくんはドングリを磨いては並べる動きを黙々と続けていましたが、5mほど並べたときFくんが「もし夜になって帰れんなったらどうする?」と言いました。「ドングリがあるきわかる」とOくん。「けんどリスが食べたらどうする?」「大丈夫で、園長先生がこの森にはリスがおらんて言いよった。」5人は、安心したようにほっと息をつき、また並べ始めました。

 

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 年中児は自分の姿、形、生活の仕方を通して対象物を見、それにこだわって、集める、並べるという動きがよく見られます。その関わりのなかで、様々な違いに対する興味、関心を深め、広げています。

 

したがって、その関わり方に虚と実が入り混じっていることもよくあります。また友だち同士で驚きや発見を共有する喜びも味わうようになっていて、そうした関係が知る喜びを深めていることもわかります。

 

対象物にこだわる分、様々な特徴に気づき、とても熱心な様子で質問をしてくるので、よっぽど知りたいのだろうと推察し、知っている限り丁寧に答えるのですが、フーンと受け流すような答えが返ってくることが多く、拍子抜けしてしまいます。

 

きっと、大人が知っていると思うからこそ問うのでしょうが、返ってきた答えをどんなふうに自分の中に位置づけたらいいのかわからないのでしょう。全く別の場面で思い出したり、「さっきのよー。」ともう一度同じ質問をしてくることがよくあります。年中児が自分なりに咀嚼し、消化できるまで、繰り返される質問には丁寧に答えていく必要があります。

 

 

このようなこだわりを見せる年中児の表現活動は、全体をバランスよく描くよりも、ある部分をリアルに描く傾向があります。まるで本当に動き出すかのような生き生きとした描写は、観る者に驚きや感動を与えてくれます。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・33霊場 雪蹊寺(せっけいじ) 

    (四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)  09/09/16)

    (四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)  09/09/16)

    (四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)  09/09/16)

    (四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)  09/09/16)

    (四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)  09/09/16)

    (四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)  09/09/16)

 

 

出典:四国ネット・・・四国33霊場 雪蹊寺(せっけいじ)

昔の遍路は種崎から長浜へ船で渡ったが、今は浦戸大橋ができて便利になった。長浜は長曽我部元親の城下町としてひらけたところで、町を抜けると秦神社があり、祭神に元親の像がまつられている。この神社の隣りに雪蹊寺がある。

延暦年間に弘法大師によって開創され、当初少林山高福寺と称し、その後運慶、湛慶のゆかりで慶運寺に改めた。石柱の門を入れば観音堂、鐘楼、大師堂、本堂がある。

ご本尊は薬師如来。脇他は日光・月光菩薩、いずれも運慶晩年の作。毘沙門天と脇仏の吉祥天女、善賦師童子は運慶の子湛慶の作。寺歴をたどると後に寺は荒廃し、月峰和尚が元親に依頼されて寺を再興し、元親の死後その菩提寺となり、元親の法号にちなみ、雪蹊寺となった。

明治以後は大玄和尚が再興された。三島龍沢寺の今はなき山本玄峰師は、若い頃失明に近い眼病にかかり、その回復を祈願し素足で七回目の遍路中、大玄和尚と出会い「心眼をひらけ」の一言で出家したという。

 

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連載第3回 若草幼稚園「すくすくの森」と子どもたち・・・知的好奇心を育む(その3 年中児の知的好奇心)

   高知市若草幼稚園 園長 岡林道生 執筆 〔『保育の実践と研究』(第15巻第4号)より転載〕


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3.知的好奇心を育む 

 

(3)年中児の知的好奇心(興味、関心)の特徴

 

①自分の姿、形、生活の仕方を通して、興味、関心を持つ

 

 年中児になると、年少の時に比べて色々なことに気づいてよく質問してくるようになります。その年中児の質問には特徴があって、自分の姿、形や生活の仕方を通して質問してきます。 

A「先生」

T「なんですか?」

A「あのよー」の後、しばらく間があくので、

T「うん?何?」

A「あのよー」

T「何?」

A「先生、」

T「何を聞きたいが?」

A「あのよ、先生、イチョウの木は葉っぱを落としてしまうろう。」

T「そうね、秋になったら黄色くなって落ちてしまうね。」

A「なんでかなー。僕は寒くなったら洋服今よりもっと着るでねー。イチョウの木は服を脱いでしもうて、寒うないろうか。」

T「ほんとうね、寒うないろうかね」

と、こんな具合です。

ある時、森を奥へ進んだ谷川の手前でMくんが念願のカブトムシを見つけました。大喜びです。「みんなー、カブトムシがおったでー。」と知らせ、男の子数人が飛ぶようにしてかけつけました。

カブトムシがいることはわかっていましたが、なかなか見つからないで本当にいるのかどうかも疑っていたくらいでしたから、先生も駆けつけました。あまり大きなものではありませんでしたが、正真正銘、オスのカブトムシでした。ワイワイガヤガヤいうなかで、見つけたO君くんがカブトムシをひっくり返し、「どれが手?」と言い出しました。

S「えっ、足が6本で。」

M「けんどよ、僕には手と足がある。カブトムシにはなんで手がないがよ。

  先生、手が本当に無いが?」

S「無い。無いがよねー。人間と違うき。」

M「カブトムシはよ、ケンカするとき、どんなにするが?」

S「ケンカする時は、前足を使うが。」

M「えっ、蹴るが?」S「違うで、掴むがで。」

M「ほら、掴むがやったら手やんか、ねー、先生。」

 

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と、同意を求めるMくんの横でSくんが「ウーン」と考え始めました。カマキリを見つけたときも、MくんとSくんの仲間は、大人か子どもかオスかメスかで喧々諤諤です。

 

「大きいき、お父さん。家で一番大きいもんね。」「僕、もっと大きいカマキリ見たことあるで。お母さんやない?」「お母さんやったらお腹が大きいで。」「えっ、けんど僕のお母さんはお腹大きくないで。」「やっぱり子どもやない?」「子どもやったら、もっと小さいで。僕らーと同じくらいやない?」「えっ、そしたら若草幼稚園に行くが?」「行くわけないやん、虫やき。」「けどここは若草幼稚園の森でね。」「やっぱり僕らーと一緒くらいの年でねー。」とへんな納得の仕方に吹き出すしかありませんが、年中児の疑問や質問、互いの会話の多くは、このように自分を通して行われます。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・32番霊場 禅師峰寺(ぜんじぶじ) 

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

      (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

     (四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ) 09/09/16)

 

 

出典:四国ネット・・・四国32霊場  禅師峰寺(ぜんじぶじ)

五台山をあとに、下田川を渡り、トンネルを抜けると、目前に百㍍あまりの小高い山があらわれる。この山容が観世音の補陀洛山(理想の山)さながらで八葉の蓮台に似ていることから、大同二年(八〇七)弘法大師が巡錫して八葉山の山号をつけ、霊場としたという。

山麓から頂上の寺までの急な坂道を登り、仁王門へたどりつくと、奇怪な岩石があり、幽寂な空気がただよう。弘法大師はこの山に登られて求聞持の修法をされ、土佐沖を航行する船舶の海上安全を祈願して、自刻の十一面観世音を安置された。

以来「...のりのはやぶね」とご詠歌にあるように船魂の観音」とよばれ、歴代の藩主は浦戸湾を出帆するとき、必ず海上安全を祈った。また、一般漁民の信仰もあつく、一般には峰寺ともよばれている。

 境内からは遠く桂浜がみえる。白砂青松の美しい砂浜で西に龍王、東に龍頭の岬があり砂浜は弓形にながくのびている。

 

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83プロジェクトの皆様、おはようございます

(BCCでPC所有の方に送信させていただきました。)

 

 

 先日(3月20日)の伊藤木材さんでの「みつばちの巣箱・現地視察」参加の

皆様、どうもありがとうございました。16名の参加でした。

都合で参加できなかった皆さんの参考になれば、幸いです。

 

 伊藤さんが、「土佐弁」で語られるみつばちの話やアメ(ハチミツのこと)

の話は、たいへん面白かったですね。

 伊藤さんは、一代で一千町歩の山の持ち主になられたそうですが、

長年の体験から生み出された蜂とのつきあい方や、採蜂・採蜜の方法、

など興味深く、たいへん勉強になりました。

 

 <伊藤語録?!>を列記してみました。

 

  ・くいつくような(かみつくような)蜂は、飼ってはいかん。

  ・蜂ばあ飼いやすいものは、ない。

  ・アメ(ハチミツ)がおいしいのは、アメに聞いてみて。

 

●以下、伊藤さんの話の概略を箇条書きにしてみました。

 (全部は、書ききれませんでした。)

 いっぱい、いろいろなことを話してくれましたが、 私の理解不足・誤り

 もあるかもしれません。

 間違っていましたら、連絡(返信)ください。

 

  ①トチの木を蜜源のハチミツが、おいしいので谷沿い(谷ぶち)に

   400本ほど、育てている。「本川」は、トチがよいそうです。

   この木から取れるハチミツは、香りもよいそうです。

   また、最近道路沿いによく植えられる「シマトネリコ」も蜜源植物として、

   いいそうです。

 

  ②ハチミツの効用のひとつ―ヤケドによいそうです。

   膝のところに熱湯をこぼした人に「ハチミツ」をズボンの上からそのまま、

   塗ってあげたが、水ぶくれにもならず、化膿もせず、大丈夫だったそうです。

 

  ③スムシ対策:

   巣箱の下部四方に板切れなどをしいて=巣箱の下部を少し上げて、

   風通しをよくする。乾燥するのでスムシ対策に効果あるそうです。

 

  ④巣箱:

   巣箱を作ったあとで、巣箱の内部・外部とも、少しこげめの

   あるくらい、焼く。

   巣箱を作る時、板と板との間は、木工ボンドで接着する。

   (木工ボンドを使っても蜂が入らない、と言うことは、ない)

   巣箱の置き場所―

     山だったら崖地など。

     周囲が伐採されたところなどは、好適地(蜂に入ってもらいやすい)。

 

  ⑤採蜜のときの巣箱の取り扱い―次のような説明でしたか?

   ふたをひっくり返し、巣箱の上部のはしに平らにかけて(乗せて)、

   その上部に蜂群をのせる。

   巣箱に戻すときは、ふたたびひっくり返して、巣箱の出入り口に

   近づけると、巣箱に自然に戻って行く。

     

 

  ⑥クマ蜂防止の網は、はらない(使っていない)。

 

  ⑦採蜜は、垂らして取る。

   円心分離機は、使わず、「ザル」を使い、その下に受ける容器を

   置いて取る。

 

★★★この日、参加された会員の須崎の三好朝男さんが、ブログに

 載せてくれました。(3月23日の記事です。)

 

 三好さん、ありがとうございます。

 

http://plaza.rakuten.co.jp/hitorisinbun/

 

 機会を作って、「現地視察」をしたいと思っています。

 

 その時には、三好さんよろしくお願いします。

 

 

83プロジェクト

 代表  根木勢介  携帯:090-2825-2069

 

83プロジェクト事務局

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連載第3回 若草幼稚園「すくすくの森」と子どもたち・・・知的好奇心を育む(その2 年少児の出会い方

           高知市若草幼稚園 園長 岡林道生 執筆 〔『保育の実践と研究』(第15巻第4号)より転載〕

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3.知的好奇心を育む 

(2)年少児の出会い方

②身体を通して出会う 

 年少児は、初めてのときよりも二回目、三回目の方が「森のお約束」を集中して聞くようになります。「森」という場所を侮ってはならないということを肌で感じ、自分の身を守るためにルールは守るべきだと思うようになるのでしょう。それと同時に、目や耳や身体は森へと開かれ、さまざまな出会いを楽しむようになります。 

 

 三角広場には、草群が残されています。そこには、野の花が咲き、多くの虫たちが住んでいます。初夏から秋の終わりにかけて、ここでは生き物との出会いや発見がたくさんあり、子どもたちの好奇心はくすぐられて止みません。 

 

 年少児の様子を見ていますと、興味を持った対象物の名前を積極的に知ろうとしたり、大人の言葉に反応することが少ないように思います。例えば、すくすくの森にはビオトープがあって、色々なトンボの生息地になっており、真冬近くまで飛んでいます。

 

Kくんは、虫が大好きで、この日念願のトンボを捕まえることができました。嬉しくて嬉しくて仕様がありません。「先生、見て見て、トンボ捕まえたで。」と大喜びです。私も彼がトンボを捕まえるために奮闘しているのを見ていましたから、「よかったねー。」と一緒に喜んでいると、お母さんが走り寄ってきて、「ね、ね、Kくん、これ、シオカラトンボよ、シオカラトンボ。」と教えてくれました。

 

しかしKくんは「何言ってんだろう」という顔をして、トンボを顔の横に持っていき、ニコッと笑って走り去っていきました。Kくんのお兄ちゃん、年長児のRくんなら、「先生、シオカラトンボ捕まえたで、オオカラシオとは色が違うし大きさも違う、これはシオカラ」と教えてくれるだろうなー、と思いながらKくんの去っていく後姿とガックリされたようなお母さんに笑顔を向けていました。 

 

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Uくんは、以前はあまり虫が好きではなく、ダンゴムシを見せられて触ってごらんと言われても後じさりしていましたが、この日は草群に足を踏み入れ、次々飛び出す虫たちに誘われて、追いかけていました。

 

バッタがピョーンと飛ぶと同じようにピョーンと飛んで追いかけ、次にイナゴがピョンと飛ぶと同じようにピョンと飛んでいます。コオロギがピョンピョンと飛ぶとUくんもピョンピョンと飛ぶのです。誰かが「バッタ飛んだで」と言うのを聞いてから、Uくんは草群から飛び出す虫を全部「バッタ、バッタ」といって追いかけていましたが、その虫を捕まえようとする手や足や身体の動かし方は、バッタやイナゴ、コオロギの飛び方にそっくりです。まるでUくん自身が虫になったようで、とても面白くて目が離せませんでした。

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年少児の出会い方と言うのは、相手の動きに同調するという特徴があるようです。模倣するといってもいいかもしれません。自然と相手の動きに自分の身体を合わせているのです。

 

Yちゃんは蝶々が好きで、いつも蝶々を目に留め、追いかけます。蝶々が荻の花に止まると、Yちゃんも立ち止まってしゃがみます。そして、蝶々が飛び立つとYちゃんも蝶々のように高く低く一緒に飛んでいくのです。Hちゃんは、萩の花が風に揺れるのに合わせて、座ったまま身体を左右にゆっくりと動かしていました。まるでHちゃんが、風で揺れる花のように見えます。 

 

年少児は虫になり、蝶になり、花になり、風や雲になってそのものと同調し、親しみを持っていくなかで知的好奇心の扉を開いていくように思います。だから、「これは何?」とあまり質問してくることはありません。

 

対象物をじーっと見つめて不思議そうな顔をしているので、名前を教えたり何故なのかを話してみても、唯見つめ返されることがよくあります。こんな時、まだ知的好奇心というものはないのだろうかと考えたりしますが、そうではないのです。年少児には年少児の出会い方というものがあるのだと思います。 

 

ある時、園庭の藤棚の藤の幹にとりすがって年少児のTくんが「園長先生、僕、何か、」と尋ねてきました。「ウーン」と頭を傾けていると、「鳴くで僕、ミーン、ミーン。」「Tくん、セミ?セミやろう」「そうそう」と、せみになって遊んでいました。(クマゼミやアブラゼミとは言いません。)

 

またある時は、画用紙で作った大きな鎌を手につけて、「カマキリだぞー」と園庭を走り回っている姿もありました。新聞紙で6本の足を作って背中に貼り付け、自分の手を合わせて8本足のクモになって遊ぶ子どももいます。このような姿を見ていると、本当に年少児というのはおもしろいなと思います。

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仁淀川・四国カルストジオパーク 推進協議会ニュース 第11号

宇宙を旅した桜「稚木の桜」開花

佐川町の稚木の桜が全国14の宇宙を旅した桜の中で一番最初に開花しました。 

この桜は平成20年5月中旬尾川小学校の児童達が採取して、(株)有人宇宙宇宙システムの手によってアメリカ航空宇宙局に届けられ、同年11月15日に宇宙へ飛び立ちました。

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                                                                        種子採取中尾川小児童 

 

 地球上空約400kmを時速約27,500Kmで飛行、地球を1時間30分で1周し、1日に地球を約16周し、8ヶ月半で地球を約4,000周し、平成21年7月31日宇宙飛行士若田光一さんがこの種子を地球に持って帰ってくれました。

 

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                                               平成21年11月中旬日本で最初に発芽した宇宙桜

 

日本初、咲いた!宇宙桜!

平成21年9月7日(株)有人宇宙システムの手によって生まれ故郷の佐川町尾川へ帰ってきた宇宙桜の種子は、採取した尾川小学校の児童の手に返還されました。その後この宇宙桜の種子は、危険分散を計るため複数の機関へ分散して保管され、また一部種子は、一度冬(寒さ)を体験しないと発芽しないため、園芸研究所で冬を体験するために冷蔵庫へ入れられ、保管されました。その冬の状態を体験した種子を播種したものから、平成21年11月中旬日本で初めて5本の発芽が観測されました。 

この5本の宇宙桜はその後尾川小学校児童の手によって大切に育てられ、平成23年1月には1.35cmまでに成長しました。稚木の桜が1年2ヶ月位でこのように大きく成長する事は大変珍しいので、新聞社や放送局が取材に来て、その成長の様子を紹介してくれました。

 

                                           日本で最初に咲いた宇宙桜

この桜の種子はアメリカ航空宇宙局の規程により宇宙へ旅立つときに、種子水分を完全に除去し無ければならなかったので、発芽が大変難しいと思われていたものが発芽し、平成23年3月中旬には日本で最初に宇宙桜の花を咲かせました。牧野博士が尾川で発見し、宇宙を旅した桜はその故郷の地で花開きました。この宇宙を旅した桜は3月中に尾川小学校と佐川地質館へ定植され、大切に育てられています。この宇宙桜の様子はNHK松山放送局が4月8日(金)午後8時からの「四国なぞ解き行脚~春編~」で紹介してくれます。 

是非ご覧下さい。

 

 

 

HN: 佐川地質館・Hashikake の記事

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連載第3回 若草幼稚園「すくすくの森」と子どもたち・・・知的好奇心を育む(その1 子どもと知的好奇心)

            高知市若草幼稚園 園長 岡林道生 執筆 〔『保育の実践と研究』(第15巻第4号)より転載〕

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3.知的好奇心を育む  

(1)子どもと知的好奇心 

 人は皆、知らないことを「知りたい」という欲求や「知る」ということの喜びを持っています。周りに起こる事象に興味や関心を寄せて、なぜだろう、どうしてだろう、と考えます。 

 

そして、人に聞いたり、図鑑で調べたり、様々な方法で知的好奇心を満たしていきます。知らないもの、知らないことに出会う喜び、なぜ、どうしてを考える楽しさ、調べる時の期待感、わかった時の満たされた感情は、また新たな探究心を育みます。その繰り返しは、生きる喜びの一つと言っても過言ではないと思います。 

 

 すくすくの森には、季節の移り変わりの中で起こる事象の変化やそこに暮す多くの動植物との出会いがあります。行く度に、「これ何?」「あれは?」「どうして?」が繰り返されます。 

 

すくすくの森では、年少児も、年中児も、年長児も表現の仕方は違うものの、知的好奇心に促されて身体も心も躍動しているのが良く分かります。そして、年齢を重ねる毎に、知的な働きは深まりを帯び、広がりを見せるようになります。

 

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(2)年少児の出会い方 

①言葉にならない出会い 

今日は、すくすくの森に行く日だと先生や保護者から聞いていても、最初は、何のことか想像もつきません。けれども子どもたちは、先生の声の調子やバスに乗って行くことですくすくの森には、楽しいことがありそうだと感じているようです。

 

バスを降りるとセンダンの木の下に集って、先生から「森のお約束」を聞きます。でも、何のことを話しているのか、余りよくは分かっていないでしょう。初めて見る森の景色にびっくりして、四方をキョロキョロ見回し、落ち着きのない子どももいます。 

先生の話が済むと、森では一番平坦な三角広場へと進みます。子どもたちは、新しい物や出来事に出会うと、まるで呼吸を忘れたかのように息を呑み、目を瞠ります。何も言いません。唯、驚くばかりです。 

 

Mちゃんは、保育室でも園庭でも新しいことに出会うと興味を持ってよく見、よく質問してきます。そのMちゃんが、びっくりした様子で指をさして、じーっと見つめているものがありました。何だろうと近寄っていくと、大きなムカデが斜面を登っていくところでした。「ムカデやねー。」と私が言うと、「ムカデ?」と首をかしげて問い返し、「そう、ムカデ。」と答えると「ふーん、ムカデ」とつぶやいて、その動きから目を離しませんでした。赤黒い大きなムカデは、ゆっくり、ガサゴソと草むらの中に消えて行きました。Mちゃんは、「フー」とため息をつくとその場を離れ、日のあたる方へ駆け出して行きました。 

 

離れて見ていると、また立ち止まり、しばらくすると動き始め、また立ち止まるということを繰り返しています。Mちゃんは、この日何度目を瞠り、息を呑み、ため息をついたでしょうか。きっと休む暇もなく驚き続けたに違いありません。Mちゃんの経験は、どの子どもの経験でもありました。

 

お昼ごはんを食べる時や帰りのバスの中で「楽しかったですか?」と聞くと数人が「楽しかった」と答え、「恐かったですか」と聞くと数人がこっくりと頷き、「びっくりしましたか?」と聞くと「びっくりしたー」とMちゃんや元気な男の子が答えてきました。そして、「また来たいですか。」の質問に、先生の手を一時も離さなかったKちゃんも「また来る。」と小さい声で答えました。初めての森は年少児の子ども一人ひとりに大きなインパクトを与えたようです。

 

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83プロジェクトで、日本ミツバチの勉強会に行きました。(その2)

3月20日、ミツバチの箱を500くらい設置して、沢山の日本ミツバチから、ひときわおいしい蜂蜜を「ながいそ」という食堂で販売している、いの町吾北の伊藤さんを「ながいそ」という食堂に訪ねて、楽しいお話を聞く事ができました。

この勉強会には、高知市をはじめ安芸市や須崎市・南国市・香美市などから16名が参加し、皆さん熱心に質問して、熟練者のノウハウ取得に務めていました。

83プロジェクトの根木代表の挨拶の後、およそ1000haの山を持っていると言う伊藤さんは、息子さんと一緒に作業班をもって木材の伐採・搬出などの林業を本業に、シイタケ生産や炭焼きなどをやる傍らで、日本ミツバチを飼っている・・・などの話がありました。

その歴史は親から受け継ぎ、自らのハチ好きが功をそうして、楽しみながら年間相当量のはちみつを確保されているようでした。

日本ミツバチの生態をよく観察して詳しいだけでなく、自分の山にも蜜源になるトチノキなどを大量に植えたりしているとの話もありました。

  日本ミツバチの生態をよく観察しており、質問者にも分かりやすく説明されていました。

店の前にも「ミツドウ」を設置しており、どんなところに設置するとハチが入りやすいのか?などの質問が殺到していました。

蜂蜜の搾りかすや、搾った販売用の蜂蜜などの説明もありました。研修会終了後、この蜂蜜を購入された方が沢山おられました。

私たちも先日、ここに買いに来て2升購入しました。名古屋にいる友人は、1ヶ月ほど前に4升購入しましたが、昨夜も「お母さんにも食べさせてあげたいので・・・」と、また3升注文しておいて・・・と電話が入りました。

毎朝パンに付けて食べていますが、何よりの健康と滋養の薬だと思っています。これまでも、日本ミツバチの蜂蜜をあちこちで購入して食べてきましたが、こんなに美味しいのは初めて・・・と妻と話ています。

 

研修会の後は、伊藤さんの妹さんがやっている「ながいそ」食堂自慢のシシ鍋料理やお姉さんも応援に来て、ちらし寿司やたけのこ寿司・コンニャクのシラエ・ぜんざい・小豆ようかん・わさびのしらあえなど・・・食べきれないほどの地元の料理を堪能しました。

伊藤さん親子や姉妹さんにお礼を言いながら、参加者は蜂蜜をはじめシイタケやコンニャクなど沢山の地場産品を購入して、帰途につきました。

素晴らしい研修会と美味しい食事を準備していただいたお礼に、また近くへ来たら食事によって行こうね!また友人にも教えてあげよう・・・と話しながら 解散しました。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 

 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17)

 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17)             

 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17)

 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17)

 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17)             

 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17) 

             (四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ) 09/08/17)

 

出典:四国ネット・・・四国31番霊場 竹林寺(ちくりんじ)

聖武天皇は唐の五台山で文殊菩薩を拝まれている夢をみられ、わが国にもこれに似た霊地があるにちがいないと、行基菩薩に探し出すよう命じられた。

神亀元年(七二四)行基菩薩は五台山に似た山容を見つけ、ここに寺を建立し、栴檀の木に文殊菩薩を刻んで安置した。これが竹林寺のはじまりで、後に弘法大師が巡錫され、札所に定められた。

 五台山は高知市の中心から約六㌔。海抜百三十四㍍の山頂からは高知市街や、浦戸湾、浜まで一望できる。ここは高知第一の景勝地。

 現存の本堂は文殊堂ともよばれ、文明年間の建立。単層、入母屋造り、柿葦で堂内には秘仏の本尊文殊菩薩が安置されており、本堂の向いに大師堂、一段高いところに総高三十二㍍朱塗もあざやかな五重塔がある。

塔は昭和五十五年の建立。夢窓国師の庭園や宝物舘もある。はりまや橋で知られる純信・おうまの悲恋物語。純信は寺の脇坊、妙高寺の僧でその寺跡は牧野植物園になっている。 

 

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四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

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83プロジェクトで、日本ミツバチの勉強会に行きました。(その1)

3月20日、ミツバチの箱を500くらい設置して、沢山の日本ミツバチから、ひときわおいしい蜂蜜を「ながいそ」という食堂で販売している、いの町吾北の伊藤さんを「ながいそ」という食堂に訪ねて、楽しいお話を聞く事ができました。

この勉強会には、高知市をはじめ安芸市や須崎市・南国市・香美市などから16名が参加し、皆さん熱心に質問して、熟練者のノウハウ取得に務めていました。

83プロジェクトの根木代表の挨拶の後、およそ1000haの山を持っていると言う伊藤さんは、息子さんと一緒に作業班をもって木材の伐採・搬出などの林業を本業に、シイタケ生産や炭焼きなどをやる傍らで、日本ミツバチを飼っている・・・などの話がありました。

その歴史は親から受け継ぎ、自らのハチ好きが功をそうして、楽しみながら年間相当量のはちみつを確保されているようでした。

日本ミツバチの生態をよく観察して詳しいだけでなく、自分の山にも蜜源になるトチノキなどを大量に植えたりしているとの話もありました。

 

 

 日本ミツバチの生態をよく観察しており、質問者にも分かりやすく説明されていました。

 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・30番霊場 善楽寺(ぜんらくじ)

             (四国30番霊場 善楽寺(ぜんらくじ) 09/08/17)

             (四国30番霊場 善楽寺(ぜんらくじ) 09/08/17)

 

             (四国30番霊場 善楽寺(ぜんらくじ) 09/08/17)

 

出典:四国ネット・・・30番霊場 善楽寺(ぜんらくじ)

国分寺から高知の市街へ入る手前に土佐一宮がある。かつては神辺郷といい、土佐では最も古く開けたところで、桓武天皇のころ、弘法大師がこの地に巡錫し、土佐一ノ宮の別当寺として善楽寺を建立し、三十番の霊場とした。

以来、一ノ宮別当寺として法灯を維持してきたが、明治の廃仏毀釈で廃寺となった。昭和四年、大師像や寺宝がもどり、三十番善楽寺は復興する。なお善楽寺の廃寺を受け、三十番札所の代行を務めていた安楽寺は現在三十番奥ノ院となっている。

霊場の中でも復興が遅く、アスファルトの境内に銅ぶきの本堂が建立する、近代的な寺院だが厄払いや、交通安全の霊験あらたかと言われている厄除大師や文化十三年に作られた首から上の病に、御利益があると伝えられている梅見地蔵等、御詠歌にもあるように昔も今も変わらず、お参りの方々で賑わっています。

 

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理系・文系は受験科目だけにしよう      

                                                             情報プラットフォーム、No.282、3月号、2011、掲載 

 

神戸大の文学部長だった名誉教授の死亡を文科省は公務災害と認定し たとの報道である。社会学が専攻。助手時代の地場産業研究で、化学工場での従業員の聞き取り調査中に、多量の石綿を吸ったことが原因とある。

「社 会学は文系」の固定観念の中で、記事を書いたと思われる。この記者は「連字符社会学」を知っているのだろうか。連字符とはハイフンであり、「(領 域)-社会学」の形を意味する。「環境-社会学」、「地域-社会学」など、社会学の分野を限定するが、同時に領域の数だけ社会学の範囲を無限に広 げる。

文学部だから、社会学部だから文系と考えることが間違っているのである。裁判に関わる検察官、裁判官、弁護士は、法学部や法科系大学院を出ているから文系なのだろうか。

刑事・民事を問わず、何らかの形で科学的・技術的要素が含まれない係争事件は無いし、法律は論理体系そのものであ る。また、心理学や精神医学はどちらに入るのだろうか。 

それならば、経済のこと、司法のことなら分かるとでも言うのだろうか。経済問題も、法律問題も実は理系なのであ る。論理的思考が要求されるのである。 


 科学者でも文学者でもある寺田寅彦のように、また好奇心一杯の牧野富太郎のようでありたい。暗記一辺倒の受験の仕組みの中で、受験科目を限定して、文系・理系の概念が出来てしまった。文系、理系は受験の科目選択に過ぎないと悟るべきである。

ハーバード大学の白熱講義、サンデル教授の政治哲学の講義 を見た方も多いだろう。好奇心と探求心、そして思考過程が、そして、美しさにも感動できることが大切であることを示している。 

高知工科大学に起業家コースを設置するに当たって「工学部に文系コースを置くのですか」との質問が多かった。大学の就職斡旋に依存しない学生、 起業出来る人材を作りたかったのである。

コンビニを大学の近くに作りたいと女子学生が尋ねてきた時は、思惑通りと嬉しかった。末松学長も越田副学 長もより凄いことを考えていた。芸術系学科を作りたかったのである。

感性に支えられる右脳の世界である。情報メディアの進歩の中で感性豊かな人材 が新しいアートを生み出す仕掛け作りを考えた。管理棟にスタジオを設け、また情報系学科に3Dの映像処理のできる空間を作った。

京都精華大学のマ ンガ学科の先生方のアドバイスも頂いた。映画・演劇のプロデューサーや建築・アートのデザイナーを生み出す工科大でもありたいと願った。工業製品 にアートとしての付加価値を付け得る人材を輩出できたら素晴らしい。

理系や文系の分類ではなく、右脳と左脳の兼ね合いである。 リポーターは「特殊なカメラで撮影した温度分布を見ると、・・・」とテレビ
番組を作る。なぜ「赤外線カメラで撮影した・・・」と言わないのだろ うか。


リポーター自身の不勉強を棚に上げ、素人の視聴者が理解できないと勝手に思い込んでの言いぶりである。思考停止を強要する「特殊な」より は、具体的な専門用語を使った方がはるかに啓蒙的である。このリポーターは自分を文系と決めつけて、理科の範疇の受け入れを拒絶している。

専門用 語が無闇に使われるのは健康に関わる分野である。自分の健康や病気となれば、素人でも、時には的外れな蘊蓄もあるが、医者を困らせる程の知見を持 ち得るのである。

文系と理系の間の無いはずの壁が思考停止状態を作っている。技術的問題に直面したり、論理的思考が必然である場合など、ものぐさ病が出て「私は文系だから」と思考を停止させるのである。見出しには、「文系教員 初の公務災害、石綿被害者、研究で中皮腫死」(2010,10,9、高知新聞)とある。

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫   s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154

 

 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の講演・出版の記録

情報がてんこもり  「高知ファンクラブ」 での連載もの 

高知ファンクラブへ   記事一覧はこちらから

 

NPO高知県メタンハイドレート開発研究会の設立総会・記念講演のご案内(参加無料)

 

 

とき:2011年5月15日、午後2時~4時 (午後1時30分~受付) 

 

ところ:サンピアセリーズ(旧ウエルサンピア高知)高知市高須砂地155 電話088-866-7000

 

 

記念講演Ⅰ:「仮題:エネルギー資源開発と国際戦略」(20分)

講師:馬場錬成 (NPO21世紀構想研究会 理事長・東京理科大学大学院教授)

 

記念講演Ⅱ:「仮題:海底資源開発と高知県の役割」30分)

講師:平 朝彦(MH実用化研究委員会委員長・ 独立行政法人 海洋研究開発機構理事)

 

記念講演Ⅲ:「仮題:MHを取り出すには、この方法20分)

講師:鈴木朝夫(高知工科大学名誉教授・東京工業大学名誉教授)

 

特別講演  :「仮題:豊かな高知県、四国、日本を目指して進もう!10分)

講師:尾崎正直(高知県知事)(予定)

 

 

引き続いてNPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立総会 40分)

活動方針案・会則案・役員案などを、事前にブログ「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会http://blog.goo.ne.jp/metanh-k などに提示し、ご意見なども事前にメールやファックスなどでいただき(メーリングリストの中で情報を共有しながら)短時間での設立総会の運びに挑戦したいと思っています。

 

メタンハイドレート事務局

 

ブログ NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・活力は土佐沖の海底より出づ


台湾ありがとう!中国ありがとう!世界のみんなありがとう!

 

東北関東大震災で被害を受けた人たちを支援しようと、台湾で18日夜、テレビ各局が合同でチャリティー番組を放送し、馬英九総統や台湾の芸能人が参加して義援金を呼びかけました。

 

チャリティー番組は、台湾の赤十字と、10以上のテレビ局とラジオ局が合同で企画したもので、18日夜、4時間にわたって生放送されました。番組には台湾の歌手や俳優など200人以上が出演し、ジュディ・オングさんやビビアン・スーさんら日本でも活躍する人が加わりました。

 

日本からもサッカー元日本代表の中田英寿さんが参加して、サッカーのユニフォームとシューズをオークションに出して支援を呼びかけました。スタジオには馬英九総統も駆けつけ、「友人が困っているときは全力で手を差し伸べよう」と述べて、夫人とともに視聴者からの義援金を電話で受け付けるボランティアを手伝いました。番組では、日本の被災者を励まそうと作られたテーマソングも披露されました。主催者によりますと、番組終了までに7億8800万台湾元(日本円にして21億円余り)の義援金が寄せられ、台湾の赤十字を通じて日本に贈られるということです。

 また中国の吉林省政府は地震後の3月14日こんなに早く、義捐金を10万ドル(8,200,000円)を省政府として日本に援助。

 

(NHKニュース)

 

 台湾は旧日本の植民地なのに「4時間半の放送」で「21億円」も義捐金を集めてくれました。この金額の意味するところを、私たち日本人はもっともっと深く考えなければなりません。「台湾の人口は2300万人強」である言う事実を。日本では「24時間テレビ」でこれを集めるとなると?台湾の総人口は2300万人、方や日本は12,700万人。もし同じ情況が日本国内で展開された場合、24時間テレビで集めなければならない義援金は126億円。24時間で126億円ですが、台湾はわずか4時間で21億円なので、単純に126億円を4時間のペースに置き換えると、24時間なら696億円集まることになる。まあこんなに単純には計算はできないとしても、台湾国民の対応のなんとすごい事か。また日本への思いやりの深さに感動する。この事実を僕はもっともっと多くの日本人に知ってもらいたい。

  また中国の吉林省政府は地震後の3月14日こんなに早く、義捐金を10万ドル(8,200,000円)を省政府として日本に即刻振り込んでくれた。ありがたいことです。

 佐川と交流のあるアメリカの日系四世の団体も寄付金を集め始め出しました。

  この恩は日本が立派に立ち直る事で返していこう!


HN: 佐川地質館・Hashikake の記事

 


栄ちゃんの四国霊場巡り・・・29番霊場 国分寺(こくぶんじ)

 

             (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

 

             (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

 

             (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

 

              (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

             (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

             (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

 

             (四国29番霊場 国分寺(こくぶんじ)  09/08/17)

 

出典:四国ネット・・・29番霊場 国分寺(こくぶんじ)

野市から日章、後免へと田園地帯をたどる。「土佐はよい国南をうけて、年にお米が二度とれる」と、香長平野では水稲二期作が盛んで、水田開発にあたった野中兼山の名はよく知られている。

国分寺は後免駅から北西へ約四㌔入った国分川の北にある。こんもりとした樹木におおわれ、その周囲には往時を物語る土壇が残っている。

明暦元年(一六五五)の仁王門を入れば、柿茸き寄棟造りの金堂(本堂)がある。外観は天平様式を伝え、内部は室町末期の作風が見られるという。優雅でしっとりとした感じの建物。

寺は聖武天皇の勅を受けた行基菩薩が、本尊千手観世音を刻んで天平十三年(七四一)に開創し、後に大師が巡錫し、毘沙門天を刻まれて奥ノ院へ安置し、本堂で厄除を祈られ、星供の秘法を勤修された。以来星供の根本道場といわれ、大師像は、星供大師といわれる。境内庭園は手入れがいきとどき、静かで落着いた書院がある。

 

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土佐湾沖の海底にあるメタンハイドレートを掘り出す国家プロジェクトを、

高知県に誘致して、日本を資源大国にすると共に、

高知県の活性化の大きな一つの起爆剤にする、開発研究会を立ち上げます 

  

国家プロジェクトの拠点を高知県に置く事の優位性は!  

1、高知県の立地条件 (地の利を活かす)

 (1)高知新港・FAZがある。

 (2)高知大学に「海洋コア総合研究センター」が誘致されている。

 (3)高知龍馬空港も2500mの滑走路になっている。

 (4)高速道から伸びる高規格道が、FAZや空港を結んでくれる。

 (5)海岸近くに多くの平地がある。  

2、高知県内の企業が、メタンハイドレートを掘削する画期的な発明をしており(特許認定済)、この技術が採用される流れが出来つつある。 

3、この技術を採用すると、高価なリチウムも同時に採取する事が可能であり、商業ベースからも大変有利になる。

  

日本テレビ「真相報道 バンキシャ!」

今後期待できる日本の海底資源2011.1.23放送)

 によると(要約)、日本の海底資源は300兆円、内訳は「メタンハイドレート」120兆円相当、「コバルトリッチクラフト」100兆円相当、レアメタルなどの「海底熱水鉱床」80兆円相当、・・・

この「海底熱水鉱床」の資源を掘り起こすために、無人の重機を海底で走らせ、ホースのようなもので吸い上げる最先端の技術に、今年度75億円を投入した。・・・

詳細はブログ「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会http://blog.goo.ne.jp/metanh-k の「リンク」を参照ください。

 

 

現在の国家プロジェクトの動き

メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21研究コンソーシアム) 

詳細はブログ「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会http://blog.goo.ne.jp/metanh-kの「リンク」を参照ください。

 

資源エネルギー庁、担当者2011.2.18訪問時談)

現在は、石油掘削技術の延長上で行っているが、上手く進んでいるとは言い難い。

MH採取時にリチウムも採取できれば、副産物が逆転の可能性あり。
国境問題としても国は真剣に取り組むべき。

  

NPO高知県メタンハイドレート開発研究会の

結成総会・記念講演のご案内(参加無料)  

 

とき:2011年5月15日、午後2時~4時 

 

ところ:サンピアセリーズ(旧ウエルサンピア高知)  

 

記念講演講師:  

馬場錬成(NPO21世紀構想研究会 理事長・東京理科大学大学院教授)

平 朝彦(MH実用化研究委員会委員長・ 独立行政法人 海洋研究開発機構理事)

鈴木朝夫(高知工科大学名誉教授・東京工業大学名誉教授)  

 

特別講演講師: 尾崎正直(高知県知事)(予定)

 

 

NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会 

 

呼びかけ人:平 朝彦(MH実用化研究委員会委員長・独立行政法人 海洋研究開発機構理事)

鈴木朝夫(高知工科大学名誉教授・東京工業大学名誉教授)

  

呼びかけ団体:高知県新エネルギー議員連盟・高知県エコ議員連盟・高知県工業会・高知県経営者協会・高知県エコデザイン協議会・(などを予定)

 

連絡・問い合わせ先:坂本耕平(090-2781-7348 info@kochifc.net "高知を元気にするボランティア集団"「高知ファンクラブ」運営事務局長)

 

 

  

メタンハイドレート事務局 

 

ブログ NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・活力は土佐沖の海底より出づ


栄ちゃんの四国霊場巡り・・・28番霊場 大日寺(だいにちじ)

             (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

             (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

 

             (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

            (四国28番霊場 大日寺(だいにちじ) 09/08/17)

 

出典:四国ネット・・・ 28番霊場 大日寺(だいにちじ)

江戸時代のころ土佐の国へ入るには、国手形(身分証明書)や添手形(通行許可書)指定された道の通行、期間、一定の旅費を所持した者などこまかい制約があった。

遍路は大師の遺跡を苦行して歩く求道者であるが、このころは社会の敗残者がまぎれこみ、きびしい取蹄りとなった。現代は自由で物資も豊富、交通機関も発達し、それだけに信仰の旅が観光になりかねないけれど、土佐は修行の霊場、精進したい。

神峰から野市を経て大日寺までおよそ四十㌔、小高い山の中腹までの参道を登ると、こじんまりとした本堂がある。

寺の開基である行基菩薩が刻まれた大日如来(国重文)が安置され、大日堂と称していた。脇仏は二体の観音像。大同年間に弘法大師が巡錫されて楠に薬師如来を刻まれ「爪彫薬師」として知られ、この尊像は二百㍍先へ入った奥ノ院に安置されている。

明治のはじめに廃寺となったが同十七年に再興し、寺名を大日寺に改称。近年になって、大師堂が新築された。

 

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四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

四国八十八箇所(高知県内) 

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メタンハイドレート の取り組み リンク

リンク①

YouTube - 日本は資源大国 海に眠る300兆円 20110123

 

リンク②

メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21研究コンソーシアム) 

経済産業省が平成13年度に策定した「我が国におけるメタンハイドレート開発計画

フェーズ1を遂行するため、資源エネルギー庁から業務を受託

(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構、(独)産業技術総合研究所、(財)エンジニアリング振興協会の3者 (プロジェクトリーダー田中彰一東京大学名誉教授)

メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21研究コンソーシアム)を組織

フェーズ1の結果概要と残された課題

フェーズ2の基本方針と体制

 

リンク③ 

バンづけ|真相報道バンキシャ!

今後期待できる日本の海底資源 
(出展:社団法人日本プロジェクト産業協会  05~07年の平均金属価格より評価

  • 1位

    「メタンハイドレート」・・・120兆円相当

     

    メタンハイドレートは「燃える氷」とも呼ばれ、
    新しいエネルギー資源として注目されているんです。

    水深1000メートルの海底。白っぽく映っているのは、全てメタンハイドレートなんです。

    深海探査機で掘ってみると、ブクブクと泡が出てきます。
    これがメタンハイドレートから出るメタンガスなんです。

    日本の海には、天然ガスにして100年分もの
    メタンハイドレートが埋まっているとみられています。
    (海底のメタンハイドレート 提供:JAMSTEC)

     

  • 2位

    「コバルトリッチクラスト」・・・100兆円相当

     


    携帯電話などIT機器には欠かせない鉱物で、
    今、世界で争奪戦になっているレアメタルが、黒い部分にギュっと詰まっているんです。

    例えば、現在は、ほぼ輸入だけに頼っているコバルトは、国内の年間消費料のおよそ200年分。
    電池の材料となるマンガンもおよそ200年分。
    また、ニッケルもおよそ36年分が、
    日本の海底にあるコバルトリッチクラストに含まれている計算なんです。
    (コバルトリッチクラスト 提供:JOGMEC) 

 

 リンク④  画像ほか

メタンハイドレート実用化戦略のミーティング

メタンハイドレート実用化研究委員会の開催

メタンハイドレートって(なに)? 

日本近海のメタンハイドレート分布

 

 リンク⑤

日本が資源大国になる? メタンハイドレートに3つの追い風|inside ...

 リンク⑥

メタンハイドレート入門

 

メタンハイドレート事務局

 

ブログ NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・活力は土佐沖の海底より出づ


NPO高知県メタンハイドレート開発研究会」設立準備会 

                                                          事務局通信No.1 2011.3.7

 

 

1、新しい局面の展開があり情勢が変化しつつあるので、簡単に経過報告を・・・

 

(メーリングリストでも流しましが、鈴木朝夫先生が昨年12月14日に、高知県技術者協会の依頼で「メタンハイドレートの可能性」について講演されたものが、このほど当協会誌に掲載される事になり、その後の動きを加筆されました。その加筆分からの抜粋です。全文は、ブログ「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会」にアップしています。)

 

2010920日、国際戦略特区への申請書を内閣府に提出。

 

124日に第2回メタンハイドレート実用化研究委員会を開き、平朝彦委員長の講演に続いて、増田昌敬准教授の「減圧法」による採掘の状況を伺った。なお、増田先生は、東京大学大学院工学研究科 エネルギー・資源フロンティアセンター准教授であり、メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアムのリーダーを務めている。

 

1223日には高知の城西館に於いて勉強会を開いた。翌日、尾崎知事を訪問して概要の説明をした。

 

○年が明けて、特許の出願人が経済産業局長宛の高知県沖の数カ所の試掘権の設定願が2011131日付けで受理された。これは大きな意味を持つと云える。

 

2011218日に馬場理事長、平委員長らが内閣官房地域活性化統合事務局を訪問し、次いで資源エネルギー庁に担当課長を訪問し、国の方針の相談を受けた。

国家プロジェクトとして受け取る態勢が進むことに決まったと思われる。「メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム」がカナダでの試掘を終えて、フェーズ2に移ろうとしている。この国家プロジェクトとの一体化に進む可能性が高いと想像される。

 

○高知県としては、日本を資源大国にすると共に、国家プロジェクトの拠点を高知県にの思いで「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会」の立ち上げを官民挙げて準備中である。5月中旬には発足するべく努力中である。

 

 

2、鈴木先生のNPO高知県メタンハイドレート開発研究会」設立にかける思い

 

(鈴木朝夫先生が昨年12月14日に、高知県技術者協会の依頼で「メタンハイドレートの可能性」について講演されたものから抜粋しました。全文は、ブログ「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会」にアップしています。)

 

宇宙材料実験の提案・実施(ふわっと'921992)、高知工科大学の創設(1996)、高知県産業振興センターでの地域振興・地域貢献(2000~2007)の仕事をしてきた筆者が、いまメタンハイドレートに関わろうとしている。宙・空(宇宙開発研究)から、地(地域活性化)へ、そして海・海底(メタンハイドレート掘削)へと向かっている。不思議な因縁を感じる。

不安定な政治情勢であるが挙党態勢が必要、いごっそうな高知県人であるが故に一致協力が不可欠、官民一体の協力態勢が条件である。一元化で進みたい。そして、心の豊かさを取り戻し、後世に残せるような文化遺産を創り出して行きたいものである。 

 

 

 

3、「NPO高知県メタンハイドレート開発研究会」設立準備会でのうごき

 

    2011216日、県議会内で、山本広明議員(高知県新エネルギー議員連盟会長・自由民主党 高知県議会議員)新阪急ホテルの喫茶で、大石宗議員(民主党・県民クラブ 高知県議会議員)に、面談。

 

    221日、安藤高知市副市長に面談(川村貞夫 高知市会議員・清流クラブの紹介)

 

    222日、高知県エコ議員連盟の浜田英宏議員 (高知県エコ議員連盟会長・自由民主党 高知県議会議員)、黒岩正好議員(高知県エコ議員連盟副会長・公明党 高知県議会議員)、植田壮一郎議員(高知県エコ議員連盟・県政会 高知県議会議員)、三石文隆議員(高知県エコ議員連盟・自由民主党 高知県議会議員)に面談。(川村貞夫 高知県エコ議員連盟・高知市会議員・清流クラブの紹介)

 

    224日、黒岩正好議員(高知県エコ議員連盟副会長・公明党 高知県議会議員)に、面談。

 

    225日、岩城孝章・高知県産業振興推進部長に、面談。

 

    32日、山本広明議員(高知県新エネルギー議員連盟会長・自由民主党 高知県議会議員)桑名龍吾議員(高知県新エネルギー議員連盟事務局長・自由民主党 高知県議会議員)に、面談。

 

    32日、谷本敏明議員(高知県エコ議員連盟・共産党と緑心会 高知県議会議員)に、面談。

 

    33日、ふぁーまー土居議員(南風 高知県議会議員)、大石宗議員(民主党・県民クラブ 高知県議会議員)、清籐真司議員(南風 高知県議会議員)に、面談。

 

    35日、恩田 馨・高知県総務部長に、面談。

 

 

 

 

NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会

http://blog.goo.ne.jp/metanh-k

高知県内在住の

〇呼びかけ人:鈴木朝夫(高知工科大学名誉教授・東京工業大学名誉教授)

s-tomoo@diary.ocn.ne.jp 携帯 090-3461-6571

 

〇連絡・問い合わせ先:坂本耕平(携帯090-2781-7348 ① tukasa1@ir.alptec.net ② info@kochifc.net "高知を元気にするボランティア集団"「高知ファンクラブ」 運営事務局長http://kochifc.net 

 

 

メタンハイドレート事務局

 

ブログ NPO高知県メタンハイドレート開発研究会 設立準備会

 

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・活力は土佐沖の海底より出づ



 お世話になります、高知県佐川町の橋掛です。宇宙桜(稚木の桜)が開花しました。

2009年7月31日に地球に帰ってきた宇宙桜14種類の中で、佐川町の稚木の桜が一番最初に花を咲かせました。この桜は佐川町の田村一水さんが自宅で成育していたものです。そのため自然で生育しているものよりも開花が早いです。本日撮影した写真を添付しておきます。

 この宇宙桜は2011年4月8日(金)午後8時~8時45分よりNHK松山放送局製作「四国なぞ解き行脚~春編~」で放送されます。

この番組は四国の知られざる郷土の謎、観光スポットに隠された裏話をひも解く「なぞ解き紀行エンターテインメント番組」です。佐川出身の牧野博士にちなんだ植物やこの宇宙桜の事を紹介します。

  草々、
    橋掛

 

橋掛様 皆さま

JAMSS長谷川です。
おめでとうございます☆☆☆
しかも花伝説第一号にふさわしい、素晴らしく清らかな花ですね。
NHKでも、震災の復興にふさわしい、明るいニュースとなることはまちがいない
でしょう。
高知から日本にメッセージを発信してください!

ところで稚木の桜は次々に咲くのでしょうか?
4月にでも是非観に行かせてください。
皆様とお会いできるのを楽しみにしております。

長谷川洋一

(3月17日のメールより抜粋)

 

HN: 佐川地質館・Hashikake の記事

佐川町ファンクラブ

 


②糸ノコ作品 ・・糸ノコで作る「ひな飾り」

○糸ノコで作る「お雛様」の壁掛け

スギの板に糸ノコで切り抜き、絵の具で色付けして玄関などの壁にかけてみてはどうですか?。
ほか作品も 小学校の木工教室の見本です。

 

 

以上小枝などで作る「お雛様」を紹介しましたが、その他にもいろいろ小枝作品があります。ぜひ,見に来て下さい。
 小枝作品は、暖かくて手触りも良く、小枝などは簡単に手に入るしなんと言っても修理が簡単です。
皆さんも、小枝でいろいろな作品を作ってみてはどうですか?
 今年は、2011・国際森林年です。森に感謝しながら、私なりに森の恵みを大切にしながら木工に取り組んで行きたいと思います。

 

高知市宇津野20-172
金ちゃん工房
  088-822-2540

 

金ちゃんの手づくり木工品コーナー 目次

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                                                  雷の子

 ある村里から隣村へ越すに小高い小山は峠の山道である。
村里から少し離れた峠に近い道ぶちに小屋が一軒あり、そこに住む住人は三十五才になる喜助とゆうきこり(薪を切ったり炭木を焼く山師)と二十八才になる好とゆう若い夫婦が仲良くひっそりと暮らしていたが、夫婦になって十年も日がたつに子供がなく子宝を望んでいたがなかなかに出来なかった。

梅雨明けも近いある日のこと、おなか大きい夫人の旅人がこの峠道を歩いていた。
この時、天にわかに掻き曇り大つぶの雨がざわさわと降りだし遠くに雷をまじえて雨は降り止まず、旅の夫人は何処か雨やどりをと見回すと道端に小屋がある、駆け寄って雨やどりを願うと、家にいた好か「えらいさだちじゃのぅ、ここへ腰を下ろし、やまして行き」と言いながら番茶を入れてくれた。夫人は頭をさげ番茶を静かに飲んでいた、その時、雷が近づいて来たのか、すぐ近くの空でゴロゴローをドドンドンと小屋を揺るがし、家から少し離れた杉の大木に落雷した。

その雷鳴の大きかったこと、好も旅の夫人も身震いした。
その雷鳴の異常なショックに腹太の夫人が急に腹が痛みだした臨月の陣痛である。
好はあわてて夫人をむしろ敷の座敷に入れ腹をさすったり介抱する。
その内に喜助が帰って来た、この様子を見て「どうしたがぞ」と好は「大変じゃ旅人が雨やどりに寄ったら、さっきの大雷で腹が急に痛うなって子ができゆうが」、「そりゃおうごとじゃ」、
「早ぅ湯を沸かしちょいて」と喜助は「おう」と答えて竈へ、産婦はウンウンと息んではハァハァと息を吐いては又息むが母体が衰弱しているのと難産で夜になって子どもがやっと産まれた。

産まれた子どもは丸々と太ったりりしい男の子であった。
母親は衰弱に難産の苦痛で出血が止まらず弱り息もたえだえで、枕もとで見守ってくれている喜助と好に「この子のてて親は真面目で丈夫な働き者でしたが、この子を身籠もって間もなく、ふとしたはやり病で急死しました。亭主には身寄りがなく、窮して私は遠縁を頼って行く途中でした。図らずもお宅にご迷惑をお掛けし色々とお世話になりました。
ほんとうに有り難うございます。私の体はもうつきました、お見かけするにお家にはお子さんがいない、この子の親になってお育て下さい、私は野辺からこの子が立派な人になるよう見守っております。」と言って息絶えた。

喜助、好の夫婦は子どもを授かった嬉しさと、この母親の不幸を哀れみ、翌日に落雷のあまった大杉のそばの近くに穴を掘り仮埋葬し子どもの守り神として山石を立てた。
子どもの名前は落雷に驚き産まれた子じゃきに雷太と名付けて育てることにした。

 さて、産まれだちの赤子を育てるのは大変、玄米をいって粉にひき湯でまぜて乳糖をつくって飲ませたり、村里に乳飲子の母をたずねて、もらい乳して、一生懸命だいじにしてふとらした。
夫婦の愛情とかわいがりで、すくすくと元気に育つ、喜助はきこりの生で、山うさぎやきじ小鳥など輪差を掛けて捕獲する技を心得ていて、うさぎや鳥など捕ってきては雷太に食べさした。

十年程たつと雷太は並の子どもよりも身体はぐんと大きく力強く優しいえい子どもになり、父親の薪切りや炭焼きの手伝いもし、薪や炭も背負うたり担って山裾の里の家々を回って売り歩き、父母の手助けをよくする孝行者の元気な怪童であり、里の人々から褒められ噂されていました。それから三年の月日がたった、雷太十三才になった、身体は大人よりもずんと大きく筋肉たくましく、父母の仕事の手伝いも良くできて、喜助、好の渡世もよくなった。

その年の秋のこと隣の町に大相撲の興行があり、親子三人で見物に出かけて、もの珍しく見入っていたら、里から見にきていた人々から雷太の怪童に相撲を取らしてみたらと話がもち上がり、興行師に話したら、よしと言うことで、雷太をすすめて土俵に上げた、下っぱの弟子から組んだが、雷太はぴらぴらと四、五人投げ飛ばしたりぶち付けた。
観衆の手が鳴り歓声が上がった。これを見ていた相撲の親方が、この子は見込みがあると、相撲の取り組みが終えると、親方が喜助ら夫婦を呼び止めて相談に係った。喜助夫婦はこの子は家の手伝いをする大切なえい子じゃけと断ったが、親方はこの子は見込みがある三、四年仕込んだら立派な相撲取りになる。

そしたら親孝行をさすけ、少しの辛抱じゃと言いくるめられ喜助夫婦も雷太が出世できるなら、自分等はまだ若い五、六年は元気で働けると腹を決めて、相撲の親方に預けることにした。
 それから五年の歳月が過ぎた。村里に毎年やって来る薬売りの噂によると、今、江戸で雷伝と言う強い相撲取りがいて負けを知らずの大人気じゃとのこと。

その後の雷太は弟子入りしてからは技子名も雷伝と名乗り、熱心に稽古に励み、持ち前の体躯と腕力を活かして相撲に取り組み負けることなく大関に出世し、賞金や花(祝儀)を稼ぎ大金を里山の父母に送り付けてきた。喜助と好はその金で家も新築し、次々の送金で孝行息子の雷太に感謝し、健在を祈りつつ、老後を気楽に過ごすことができた、と。

◎関取 雷伝為ヱ門の伝説、人助けは他人のためだけでない。

 

 

三郎さんの昔話 目次

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三郎さんの昔話・・・作者紹介

 

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②糸ノコ作品 ・・糸ノコで作る「ひな飾り」

○糸ノコで作る「ひな飾り」

今回はじめて、お内裏様や飾り物を糸ノコで作ってみました。
小枝で作る雛もいいですが、糸ノコで作る雛飾りもいいですね。

 

この「ひな飾り」は、飾り終えた後、収納し持ち運びが出来るよう、カバン収納にしました。

  ○糸ノコと小枝で作る「ひな飾り」

 

小枝と糸ノコを合体させたらどうなるかと思い、今回作成してみました。

 

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仁淀川・四国カルストジオパーク 推進協議会ニュース 第10号

虚空蔵山はパワースポット

近年日本中がパワースポットブームです。この不景気な世の中、少しでも状況を良くしてくれるという物にはすがりたい気持ちになるのでしょうか?そのパワースポットとして、虚空蔵山を売り出したいですね。パワースポットには科学的な根拠は余り見受けられませんが、そこには何か科学では解明されてない何かがあるかもしれませんね。

  

                                                   土佐市から虚空蔵山系を望む

 仏像構造線=大地のパワーが湧き出る場所

虚空蔵山の南斜面中腹に秩父帯と四万十帯という大きな地層を隔てる「仏像構造線」という大断層が走っています。この断層は佐川から須崎に向かう時斗賀野峠を越えるとガクンと下がって須崎に至りますが、正しくこの落差がこの断層なのです。地球内部のエネルギーがこの断層を伝って湧き出てくると考えても面白いですね。

また名前が良いですね「仏像」構造線!何か名前だけでも御利益が有りそうです。「大地の気がみなぎる」場所として虚空蔵山を売り出したいですね。 

虚空蔵山=徐福伝説・風水でも注目に場所

 

昨年11月中国広東省在住の方から1通のメールが届きました。彼は古代中国の秦の始皇帝の命を受けて中国東方海中にある蓬莱山の仙人が持っている不老長寿の薬を求めて旅立った「徐福」について調べている方でした。この徐福が虚空蔵山へたどり着いたと言う伝説が虚空蔵山に有るのです。中国の民間では日本人はこの時、徐福が連れて行った童男童女の子孫であると信じられています。

 

 

 

                        香港の風水ビル 

中国人、特に広東、香港、台湾、シンガポールの中国人は大地の気を風水に取り入れています。私達日本人が考えられないくらい、風水を大切にしています。この写真は香港にあるアパートですが建物の真ん中に大きな四角の穴を空けています。これは九龍半島に住む九匹の龍が水を飲みに通る通り道にこのビルが建てられた為、その龍道の「気」を遮る事の無いようにわざわざ四角の穴を空けて龍が通れるようにしているのです。斗賀野は風水から見て、背後に大きな山を配し、左右にも山が有り、その中を川が流れている理想の場所のようです。大地のパワー、大地の気が溢れ出る「仏像構造線」の虚空蔵山、風水での理想の地である斗賀野。このジオのパワーを面白くストーリーにして、中国人や韓国人にアピールしても面白そうですね。

 

HN: 佐川地質館 橋掛直馬   

仁淀川・四国カルストジオパーク に関する情報 

 仁淀川流域"宇宙桜の会" に関する記事  

HN:仁淀川 さんの記事

仁淀川ファンクラブ 

佐川町ファンクラブ


羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その5)

 

 

羽迫博己さんの世界 に関する記事

ひな人形・・・四万十川流域

羽迫博己さんの、町屋あれこれ


仁淀川・四国カルストジオパーク 推進協議会ニュース 第9号

バイカオウレンの開花

四国バイカオウレンの開花の時期を迎えました。バイカオウレンはキンポウゲ科 オウレン属.の植物で「黄蓮」は花茎を伸ばして白色の花を横向きに咲かせます。花弁のように見えるのは萼片です。このバイカオウレンの仲間は漢方では根茎を「おうれん(黄蓮)」と呼び、健胃薬や整腸薬として用いられます。この四国バイカオウレンの一大生息地が佐川町、日高村周辺地域なのです。植物生育にはその土地の気候、日照条件、湿度等、生育環境が大変影響しますが、その土地の地層や地質も影響を及ぼします。近年の山野草ブームでバイカオウレンも盗掘されその生育地も狭められています。このバイカオウレンは採取して、自宅に持ち帰って植栽しても、4,5年でいつの間にか消滅するものが多いそうです。「野に置け山野草」ですね。 

2009年2月、佐川町JR加茂駅に総勢約50名ほどの団体が降り立ちました。彼らはハイカーの出で立ちで、加茂駅から徒歩で北の山に向かって歩き出しました。地元の人々もこれほどの大勢のハイカーが一斉に山に入っていくので何事かと不思議に思ったそうです。彼らの目指していた先は、加茂の山中にある四国バイカオウレンの群生地でした。 

何処かの植物愛護団体が「牧野博士の愛した、バイカオウレンをその生まれた土地で鑑賞しよう!」と言うようなツアーでも仕立ててきたのでしょうか?

 

 

牧野博士が愛した花バイカオウレン

牧野博士はバイカオウレンを自宅の裏にある金峰神社で見つけたと言われています。バイカオウレンは別名「春告げ花」とも言われ、1月の終わりから2月の最も寒い頃に、どの花よりも早く可憐な、可愛い花をひっそりと咲かせます。バイカオウレンは良く「森の妖精」とも言われますが、博士はこの可愛い花が冬の寒さにも負けず直向きに、いち早く春を告げるように咲く姿を愛おしく思って好きになったのではないでしょうか?

 

 

 

 

さんは高知県立牧野植物園のシンボルロゴマークをご存じですか?国道等に設置している「高知県立牧野植物園」への案内板などを見る機会があると思いますが、その案内板には必ず五枚の葉の「バイカオウレン」のイラストがみえます。県立牧野植物園の中にある高知県立牧野植物園ミュージアムショップはByca-aurenと言う名前です。これはバイカオウレンを英語風のつづりで表しています。このようにバイカオウレンは県立牧野植物園のシンボルとして大きく使われています。

このバイカオウレンがこの佐川を中心とした地域に多く生育している事は私達の土地の地質、環境が如何にバイカオウレンが好むかと言うことを物語っています。このバイカオウレンの花の可憐さを、牧野博士が最も愛した花であることをもっともっと多くの人々に知ってもらい、我々のジオと結びつけ発信していくことが大事だと思います。近年地元ではこのバイカオウレンを地域活性化に役立てようと言う動きもあり、保護活動にも取り組んでおります。皆さんも是非この2月にこの花を見て、牧野博士が何故この花を好きになったかに思いをはせて見てください。

 

HN: 佐川地質館  

 

仁淀川・四国カルストジオパーク に関する情報 

 仁淀川流域"宇宙桜の会" に関する記事   

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仁淀川ファンクラブ

佐川町ファンクラブ


羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その4)

 

羽迫博己さんの世界 に関する記事

ひな人形・・・四万十川流域

羽迫博己さんの、町屋あれこれ


3月13日6時30分からの「鏡川早朝ウォーキング」 

未曾有の災害発生と津波警報発令を受け、中止しますので、お知らせします。

3月13日(日)予定の、親(保護者)子記者で訪ねる、浦戸湾史跡めぐりバスツアー

中止します 


 


親(保護者)子記者で訪ねる、浦戸湾史跡めぐりバスツアーに参加しませんか

とき: 3月13日(日)9時~12時 (集合8時30分

集合場所: 県民文化ホール前



参加費:無料、参加申込条件は、(土佐観光ガイドボランティアの有志の方たちにアドバイスをしてもらいながら)

① 参加された親(保護者)子で、記事を1件以上書いて提出していただく (400字程度の記事プラス写真・絵・イラストなど)

② 提出された記事は、「こども高知新聞」やブログ「鏡川ファンクラブ」などに掲載して、鏡川や高知の観光振興等に活用させていただくこと
 

1,集合・解散場所:県民文化ホール前 集合8時30分 バス出発9時

2,鏡川と堀川の間にある、九反田(東九反田公園)の開成館跡

3,仁井田吹井にある武市半平太旧宅 半平太の生家・記念館と墓所

4,桂浜にある坂本龍馬像

5,長浜若宮八幡宮境内の長宗我部元親公初陣之像


6,県民文化ホール前 下車11時30分予定、近くにて記事の打合せ会・解散



〇申し込み:坂本 090-2781-7348    

〇持参するもの:筆記用具(デジカメなどお持ちの方は持参ください)



主催:鏡川こども祭実行委員会(問い合わせ先:高橋 090-6288-2611 森田 090-3783-5909 坂本 090-2781-7348)

(当日は、「こども高知新聞」の記者も同行予定です)

後援:高知県・高知市・高知市教育委員会・高知県観光コンベンション協会・高知市観光協会・報道各社(一部手続き中及び予定含む


3月13日6時30分から、「鏡川早朝ウォーキング」鏡川 みどりの広場へおこしください!

今回、3月のオプションテーマは、「潮江天満宮の梅」です。

鏡川早朝ウォーキング」ファンクラブ 嶋本事務局長からのメールから・・・

羽迫さんと潮江天満宮の宮司さんにお会いして3月13日の早朝ウォーキングでのお願いをしましたところ快く了解して頂き、7時頃には本殿前付近で待っているとのことでした。有り難いお言葉に感謝しております。

説明は約20分位で考えておられるようです。以上報告します。
誘い合って参加されませんか。
 
 
 
前回は

2月13日のオプションコースは、テーマは水鳥、「水鳥の観察」写真も撮ろう!

案内役の「鏡川写楽の会」会長の水田副代表から、簡単な紹介を受けながら、

また水鳥を観察しながら歩きました。

 

 

 ヒドリガモ・オナガガモなど、幾つかの種類の説明を受けました・・・

 


金ちゃん工房・・・2011 木の「おひなさま」②糸ノコ作品 ・・糸ノコで作る「吊し飾り」

 

②糸ノコ作品


  ○糸ノコで作る「吊し飾り」

この吊し飾りは「キリ」の木を糸ノコで切り抜いて作りました。
子や孫の初節句を待ちわびながら一針一針縫っていく親心の気持ちを重ねながらつくりました。

雛の吊し飾りの風習
   雛の吊し飾りの風習は、江戸時代後期の頃を発端に稲取地区(静岡県伊豆地方)の雛節句のお祝いの一環で、当地区に住む先人達により、稲取地区のみに手作りの愛の形として地域に土着し、稲取地区だけに限定し和み深く懐かしい地元の女性の和裁細工として粛々と平成の現在まで受け継がれてきました。
  
  雛の和細工さげ物の風習は、九州地区では「さげもん」、山形県酒田地区では「笠福」、静岡県伊豆稲取地区では「雛の吊し飾り」と呼ばれており、この3カ所のみが歴史的な伝承の由来や雛細工の文献等、吊し飾りの資料が現存します。
 
雛の吊し飾りの由来
  稲取地区での古老の話によると、江戸時代においては雛飾りを購入できるような裕福な家庭は希で、せめて雛飾りの代わりに愛する子供や孫のために手作りの雛飾りで初節句を祝おうという、切ない親心から生まれたのが稲取の雛の吊し飾りの発祥の由来と伝えられているそうです。

吊し飾り細工物
   吊し飾りの細工としていろいろな物を吊し、子や孫の初節句を待ちわびながら、一針一針縫っていく親心はいつの次代も変わらない物なのかもしれませんね。
 
  ○細工物の代表的な物
  「猿っ子」......さる(去る)にかけて厄介、災いが去るという意味
  「 柿 」......柿には滋養があり栄養もある「柿赤くなれば医者青くなる」というたとえ
  「 桃 」......桃には邪気を除くというたとえ
  「 巾着 」......総てのお金が我が娘のもとに集まって幸せが舞い込むようにとの親心のたとえ
  「うさぎ」......赤い目のうさぎは、病気を退治する力があったと信じられている
  「座布団」......「這えば立て、立てば歩め」の親心のたとえ
  「唐辛子」......可愛い娘に悪い虫が付かないようにとの願いが込められている

 

 

 

 

金ちゃんの手づくり木工品コーナー 目次

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3月6日(日)10時~12時、 鏡川大橋(右岸(南側)橋の下)の下流・干潟で、鏡川こども祭実行委員会・鏡川の貝を育てる会が呼びかけて、子ども達と水質調査などを実施しました。

 

お待ちかねで、干潟に移動して各自持参のバケツやスコップなどで掘ってみました。寒い中を参加した子ども達は、元気にお父さんやお母さんなどと、目を輝かせて・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高知市環境保全課・鏡川担当の宮崎さんも写真を撮りながら、子ども達の質問に答えていました。

 

 

子ども達の目の輝きが印象的でした。

 

 

家族で、実にほほえましくて、うらやましい姿です・・・

 

 

終盤、小雨になったので少し早い目に干潟を切り上げて、橋の下で・・・

小さなウナギを捕った人も・・・もう少し暖かくなるとウナギの子は見かけますよ!と話していたお父さんも。

観察した後は、また川へ戻していました。

 

 

 

HN:鏡川 さんの記事

鏡川での、水質調査などに関する記事

鏡川早朝ウォーキング ファンクラブ 

「鏡川早朝ウォーキング」見所・名所・史跡案内

「鏡川早朝ウォーキング」 に関するページ

第1回 鏡川こども祭 目次

カテゴリーから連続で記事を見る事が出来ます) 

鏡川流域の情報交流会 に関するページ


長宗我部ファンクラブ事務局です。

花粉症の季節真っ只中ですが、体調はお変わりないでしょうか。
かく言う私はドラッグストアで買ったお薬やマスクを活用しながら花粉症を
なんとかしのいでいる状態です。春は気持ちもウキウキして大好きな季節
ですが、花粉症だけは好きになれませんね~^^;
皆様も体調を整えて元気にお過ごしくださいね。

今月も長宗我部ファンクラブをよろしくお願い致します☆

2011年 弥生号(3月8日発行) メニュー

(1)シアターキューブリック「誰ガタメノ剣」前売券 発売開始!
(2)3月6日(日)「長宗我部家臣磔刑七十三士慰霊祭」が行われました
(3)3月11日(金)第16回 長宗我部を語る会 開催!
(4)3月20日(日)高知市神田和霊神社で龍馬脱藩祭が行われます
(5)長宗我部紀行14-小浜亭馬楽-

 

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(1)シアターキューブリック「誰ガタメノ剣」前売券 発売開始!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
みなさまお待ちかね、劇団シアターキューブリックによる「誰ガタメノ剣」
(たがためのつるぎ)が満を持していよいよ高知で上演されます!
場所は高知県立美術館ホール。
高知公演スケジュールは
5月20日(金)18:30~
5月21日(土)14:00~
5月21日(土)18:30~
5月22日(日)14:00~

前売券は
大人3600円(当日4200円)
中高生2200円
小学生1200円

となっています。
チケット販売等詳細は、シアターキューブリック「誰ガタメノ剣」特設サイト
をご覧ください。
http://www.qublic.net/tagatame11/stage.html
元親が主人公の熱いこの劇。見逃す手はありませんよ!☆

更に今年は岡豊山の歴史民俗資料館で同時期に「長宗我部フェス」も開催、
高知市長浜の若宮八幡宮でも何か面白い企画がありそうです。なんだか
わくわくしますね!

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(2)3月6日(日)「長宗我部家臣磔刑七十三士慰霊祭」が行われました
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3月6日(日)16時30分から、高知市種崎の浦戸大橋たもとで
「長宗我部家臣磔刑七十三士 慰霊祭」が執り行われました。
400年のときを経て今年初めて行われた家臣慰霊祭。ろうそくを入れた竹を
七十三本立て、家臣を磔にしたと言われる場所で行われました。
当日は寒い涙雨の降る1日でしたが、200名を超える方々が列席され、
黙祷を捧げました。
(主催:高知NPO 浦戸湾むかしものがたり語り部の会、
協力:長宗我部ファンクラブほか)

慰霊祭後は「直会(なおらい)」が桂浜荘(浦戸城があったと言われている
ところ)で行われ、こちらも約70名の方が参加され大いに盛り上がりました!

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(3)3月11日(金)第16回 長宗我部を語る会 開催!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
毎月1回開催している「長宗我部を語る会」。
3月は、11日(金)ゆうあい工房にて19時より開催します。 
(ゆうあい工房は高知市はりまや町3丁目20番1号 北街ビル2階。
1階に不動産屋さんのあるビルです)

益々芸に磨きがかかりつつある小浜亭馬楽さんによる講談もあります。
参加費はお一人様300円です。(1ドリンク代含む)
お誘い合わせの上ぜひお越しください。(近隣にコインパーキングあり)

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┃(4)3月20日(日)高知市神田和霊神社で龍馬脱藩祭が行われます
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今年も3月20日(日)神田の和霊神社で龍馬脱藩祭が行われます!
龍馬が土佐藩を脱藩する際に成功を祈願して訪れたと言われる和霊神社。
元々は龍馬のおじいさんが建立したとも言われています。

長宗我部ファンクラブでは昨年に引き続き、今年も「しゃも鍋」販売を計画
しています。今年は龍馬がその時代に食べたであろうしゃも鍋により近いもの
を作る予定!ぜひぜひ脱藩祭にお越しの際には、この「しゃも鍋」をご賞味
くださいね!

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┃(5)長宗我部紀行14-小浜亭馬楽- 
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小浜亭馬楽さんによる長宗我部関連史跡のご紹介です。

長宗我部紀行14
いの町にて波川玄蕃と養甫尼を偲ぶ(小浜亭馬楽)

仁淀川筋を支配していた波川玄蕃は
元親に降伏したが、その才覚を認められ
元親の妹を拝領し、縁者となった

波川城址へ行ってみようと
JR波川駅の西側を南に渡り
小さな標示に従って細い道を進む
奥の谷線に入ると深山幽谷の趣き
上りつめてさらに木の段を上ると
詰の段には伊野町テレビ中継所
回りには土塁、そして石碑と説明版
海抜171m、それほど高くはないが
回りの山、平野、仁淀川がよく見渡され
一国の主になったように感じる
きっと波川玄蕃もそう感じたのではないか

波川玄蕃は、伊予の戦いでしくじったと
元親より責められ、謀反を起こそうとした
それが事前に発覚して、切腹させられた

玄蕃の一族は、鎌田城に集まり
長宗我部軍と激戦をくりひろげた
その場所は、かんぽの宿の少し南
玄蕃の一族は、悉く討死したり自害した

一人生き残った元親の妹である玄蕃夫人は
出家をして養甫尼となり、成山に隠棲して
黄・浅黄・紫・柿・桃・萌黄・朱善寺の土佐七色紙を創った
七つの色には養甫尼の思いが込められている

波川玄蕃は本願寺に眠っている
養甫尼は長宗我部滅亡の後
紀州熊野に去り、その後の足跡は不明である

==編集後記==
今月のファンクラブ通信、いかがでしたでしょうか。
先日「誰ガタメノ剣」高知公演実行委員会の設立総会が開かれ、長宗我部ファン
クラブも参加してきました。また、上演への協力要請に南国市の橋詰市長さん
を訪問しました。
高知県と言えば「坂本龍馬」が有名ですが、長宗我部に関心を持つ方々も
少しずつ増えてきている気がしています。
今年は「長宗我部YEAR」の名に恥じない新たなる歴史の1ページが刻まれそうな
そんな予感もしています☆

これからも長宗我部ファンクラブをよろしくお願い致します。

■ ご意見、ご感想などはお気軽にどうぞ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行    :長宗我部ファンクラブ事務局
お問合せ  :dokodemodoa0328@yahoo.co.jp

 

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3月6日(日)10時~12時、 鏡川大橋(右岸(南側)橋の下)の下流・干潟で、鏡川こども祭実行委員会・鏡川の貝を育てる会が呼びかけて、子ども達と水質調査などを実施しました。

高橋啓さんが、水の透明度を測る透視時計を出して、順番に子ども達をのぞかせてくれました。

透視時計 底部に沈めた二重十字線が引­いた標識板を初めて明確に確認できる時の水柱の高さ­(cm)をそのまま度数となります  

 

石川妙子さんは、国土交通省四国地方整備局が作成したパンフレットを配布・活用して、「きれいな水の生物」と「きたない水の生物」などを説明して いました。

また、生き物が食べて水が浄化されていくことや、干潟の大切さなどが子ども達にわかりやすく話されていました。

参加した子ども達は実に熱心でした。

 

 

 

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羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の花見~その3 牧野公園

牧野公園

 日本桜百選に選ばれた、高知では最も伝統ある
 桜どころです。
 毎年、花見シーズンには、沢山の人たちが訪れ、
 多彩なイベントで、町全体が賑わいます。
 虚空蔵山頂上は、足摺岬から室戸岬までを一望し、
 北は四国山地の山並みを目前に控える眺望の
 素晴らしいところです。
 中腹には白水の滝、わんぱく広場もあります。
 出来れば、桜の時期をお奨めいたします。

   ~機会を作って是非一度お越しください~

お花見の町 佐川

 石灰岩質に富んだ多様な地質を持つ佐川町。
 その豊かな地質はこの地に多様な植生を育み、
 佐川近隣にしか自生しない植物をもたらしました。
 牧野富太郎博士は、この豊かな地質、豊かな
 植生から花を見つめ、そして文教の町としての
 土壌に育まれ、やがて日本を代表する
 植物分類学者となったのです。
 佐川の植生と牧野博士の足跡をたどりに、

    ~佐川にぜひ一度おいでください。~

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

栗田真二(佐川町)さんの模型の世界

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ・・・いの町編

羽迫さんの世界  

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金ちゃん工房 てんとう虫と花で綴る歳時記・・・3月 梅 

2011-111.jpg   

 

 

 

 

2011-112.jpg

 

 

                           3月 梅

 

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3月6日(日)10時~12時、 鏡川大橋(右岸(南側)橋の下)の下流・干潟で、鏡川こども祭実行委員会・鏡川の貝を育てる会が呼びかけて、子ども達と水質調査などを実施しました。

 

 

朝寒かったので、子ども達が来てくれるだろうかと心配していましたが、元気な子ども達がお父さんやお母さんなどと一緒に参加してくれました。

鏡川の貝を育てる会の代表、高橋啓さんが中心になって取り組みを進めており、鏡川こども祭実行委員会も一緒になって応援しました。 

 

参加された子ども達や保護者の皆さんと、今日の講師の先生方とのご挨拶をした後、高橋啓さんと根木さんが、鏡川についての全体的な説明を、写真などを見せながら説明してくれました。 

  

次に、水質調査をしてみよう!と言うことで、鏡川の水を汲んで、佐藤友康(東洋技研)さんや石川妙子さんを中心にパックテスト COD でどの程度、水が汚れているかを、計ってみました。

 

やり方を聞きながら、どんな色になるか?お父さんやお母さんと一緒にやっている子も・・・色見表で、薄ピンクの2くらいでした。

佐藤さんが江の口川の水も汲んできており、併せてみんなで計って、比較をしていました。色見表で、4~6くらいでした。 

 

 

お父さんやお母さんと一緒にやっている子も・・・色見表で、薄ピンクの2くらいでした。 

 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その3)

 

 

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ひな人形・・・四万十川流域

羽迫博己さんの、町屋あれこれ


羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の花見~その2 乗台寺庭園

18~乗台寺庭園 「ひさご園」

 今から四百年前、佐川城主深尾公 二代目重忠の発願に
 より造園された庭園です。
 池泉回遊式の庭園で、うら山(吉祥山)を借景としており、
 植物の宝庫でもあります。
 イチョウとタラヨの巨木をはじめ、佐川サイシン・
 バイカオーレン・ジュンサイ・水ニラ・コウホネ・スイレン・
 ツツジ・カシ・センプク・フーラン・セッコク・エビネラン・
 ギボシ・アワモリショー・モミジ・カエデ・ケヤキ・
 シャクナゲ等、自生しています。
 尚、書院から観ると、季節の風情を感じられます。
 また、カワセミ・サギ等野鳥も多く、自然が残っています。
 宗派は真言宗智山派で、約六百五十年前にこの地に
 建立されました。
 深尾公の祈願寺であり、本尊は不動王明。 

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

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木の「おひなさま」

雛人形の歴史
   ひな人形の歴史は、古代中国から伝わった「上巳(じょうし)の節句」の風習と、平安時代の貴族女児の「ひいなあそび」とが融合して生まれたようです。
 
   室町時代頃からは、ひとがたに似た人形を作って飾る習慣が生まれ、さらに江戸時代に入ると女性たちが「ひな人形」を飾って楽しく遊ぶ一日となり、後には誕生した女児の初節句を祝う日となったそうです。
 
   現在ひな人形は、七段一五人飾りなど、豪華な金襴衣裳の人形に唐草模様の道具を組み合わせたものなど何十万円もする「ひな人形」があります。


木で作る「ひな人形」
   私は森にたずさわって40年以上になります。森にはいろいろな種類の木が生育しています。
 
   この時期になると、毎年「木のひな人形」作りをしています。
 
   いままでに製作してきた「ひな人形」は ①小枝で作る「お雛様」や「立雛」「やじろべー雛」等があります。
   今年は②糸ノコを使った「おひな様」や「雛の吊し飾り」を製作しましたので紹介します。


 
①小枝の作品

○小枝で作る「やじろべーのひな人形」

この作品は、お店ではあまり見かけないひな人形です。
 風に吹かれてゆらりゆらりと揺れるお内裏様とドングリのバランス、台には、表面に光沢のあるサクラの枝を使っています。私の作品の中でも一番のお気に入りの作品です。

 

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In rural Japan, a modest bid to preserve tradition

In rural Japan, a modest bid to preserve tradition

By Chico Harlan

Washington Post Staff Writer
Friday, February 18, 2011; 1:42 PM

NIYODOGAWA, Japan - Last weekend this dying town held a party, so its few remaining residents awoke at sunrise, headed up winding mountain roads and convened at the usual spot, where, for 217 years, they and their ancestors have gathered annually to celebrate their gods and assault their livers. Many participants describe the Akiba Matsuri as the highlight of the year, and it combines the best elements of a holiday, a circus performance and a frat party. But lately, it has also come to resemble a wake. Niyodogawa, like so many places in rural Japan, is shrinking and aging,Half the local population is 65 or older. This year, one local high school will graduate a class of six. No private companies offer jobs, so young adults face what amounts to mandatory banishment.

Viewed from up close, at least, Japan's great rural-to-urban migration - hastened - carries the weight of a terminal condition, and those in Niyodogawa no longer talk about solutions or reversals. There is only a dull ache, with a town in consensus that its future isn't really a future. "I wish I could say there was hope," Niyodogawa school superintendent Toshumitsu Ono said, "but if I answer honestly I do not see it."

The Akiba Matsuri festival fits into this only because it's the one thing in Niyodogawa (pop. 6,868 - after nine deaths and one birth in December 2010) that hasn't yet changed. For some, this delivers a sense of pride: Just look at what the town still has. For others, it invokes dread: Just look at what the town stands to lose.

More than anything, though, the festival has assumed a central role in Niyodogawa's modest attempts for preservation. Fathers teach their sons about the elaborate traditions, with this inherent message: Even when you live somewhere else one day, come here once a year to these mountains in Southwest Japan and keep this tradition going.

The Akiba Matsuri festival has been going on for so long that much of its logic has been lost. Men don feline costumes and hideous masks; children dance with one another, thrashing real swords; about a dozen men haul a portable shrine up a mountain, nearly collapsing at points along the way from exhaustion; six particularly acrobatic honorees march along the same path while dancing with 25-foot poles, made all the more unwieldy by tufts of rooster feathers on one end. Occasionally, the men toss these poles back and forth, their failure to maim one another all the more impressive when one considers the numerous sake shots they took well before lunchtime.

But already, the Akiba Matsuri festival has had to adjust merely to remain the same; now even former residents are called on to take part. Participation used to be restricted to those who lived in a mountainside town called Beshi. Today, Beshi is a rubblelike collection of 60-year-old wooden houses; it has 100 residents and no children. Some 80 percent of those residents, municipal officials say, are elderly people living alone.

In the past 23 years, as Beshi turned from a town into a ghost town, the Akiba Matsuri has gradually widened the radius from which it allows participants, and this has corresponded with changes at the municipal level. Six years ago, three towns were folded into one, creating Niyodogawa. This year, one Niyodogawa elementary school had two children in its second-grade class, and more elementary schools will soon merge. Soon-to-close Niyodo High School failed this year to field its usual softball team, in large part because its total school enrollment could scarcely cover the infield. For those who grow up in Niyodogawa, then, the festival itself - requiring six practice days spread throughout the year - is a prominent extracurricular activity. It organizes the way you grow up.

You dance and carry a sword at age 8. Maybe you play the piccolo at 13 and the taiko, or drums, at 17. If you're lucky, blessed with bulging forearms and a good sense of balance, perhaps you'll be a pole-tosser at age 26, and you'll be cheered like a rock star by the 10,000 attendees, and you'll be interviewed by the local television station.

This year former Niyodogawa residents returned from Tokyo, from Yokohama, from Osaka. Next year, Supika Fujihara figures, he'll probably return, too - as a former resident. Fujihara, 18, will graduate from high school in March. He wanted to find a job in Niyodogawa, but he also wanted a job in the car industry, which doesn't exist here. So next month he'll move - reluctantly - to Nagoya, where he'll manufacture clutch and transmission parts.

"I've been really worried about going to live in Nagoya," Fujihara said, "and so many people have been coming up to me, giving advice. . . . Everybody here looks out for you."

Fujihara remembers festivals going back to the time he was 6 years old. This year, he played the drums. His oldest brother had a starring role as a pole-tosser. He felt many emotions while out on the mountains, so he tried to think about the advice so many kept giving him. As Fujihara put it, "People say, 'No matter where you go, just please come back.' "

 
日本の田舎、地道な努力が伝統を守る。

 

2011年2月18日 午後1時42分

日本、仁淀川町、先週この死にかけた(瀕死の)町でお祭りがあった、この町の少ない住人達は、朝起きて神社に集合し、くねくねの山道を登り、217年間彼らの先祖が集い、この神様をお祀りして、家々を回っるため、いつもの場所に招集された。

 多くの参加者は「秋葉祭りは一年のハイライト」と言っています。またこの祭りは楽しみの要素である、宴会パーティー的、サーカス的、そして同郷者や兄弟、親戚が集まる場の提供としての要素を含んでいます。しかし、最近では余り代わり映えしなくなったと言う声もあります。

 仁淀川町は他の日本の田舎と同様、高齢化の波が押し寄せる、沈み込み続ける町なのです。町の人口の半分は65歳以上です。今年この町の一つの高校は6人が卒業します。

町には仕事を供給する企業は無く、町には若者が残ってないので、残っている若者は半強制的にこの祭りにかり出される。(書かれている英語の単語はmandatory banishmentと書かれている、この単語の意味はmandatoryは強制的、banishmentは罰、法律で押し付けられた課題)

 

 この町をもっとまじかに観察してみると、日本における田舎から都会へと人口の移動がもたらした結果として、末期的症状を呈している町で、この町の住人はもはや、町の浮揚策やこの状況を解決する方法を語る者さえ居ない。そこに有るのは町のものも認めている重く沈んだ、痛々しさであり、この町には未来は無いというコンセンサス(同意)である。

 「私はこの町にはまだ希望はあると思いたい。」と仁淀川長教育長大野敏光氏は語った、がしかし、私には正直なところそのように見えない。そう思わせるひとつの例として、2010年12月の仁淀川町12月人口6,868人死亡者9人に対して新生児1人、この状況は現在も変わっていない。この町がまだ持っている価値に眼を向けると、ある者はこの町の人々にそれがにプライドを持たせると思っている人も居るし、また一方でこの町が失おうとしている事に眼を向けると、ある者は不安な気持ちで一杯になる。

 

 しかし、この祭りは他の何よりも仁淀川町の伝統を守る為の大切な祭りであると思っています。父は息子に脈々と受け継がれた素晴らしいこの祭り固有のメッセージが込められた、伝統芸能を教えます。たとえ彼らがどこに住んでいようが、いつの日にか年に一度この西南日本の山里に帰ってきてこの伝統を守ってくれる。

 

 秋葉祭りはその本来の論理的な祭りの趣旨(どのような目的で、どのようにしてこの祭りが始まったかと言うこと)は失われて、現在も続いています。道化のコスチュームや怖い形相のお面、子供の踊り、真剣の刀踊り、約12名の男が疲れ切って、崩れかけた小さな山道を神輿をかついで、決められた地点を回って、練り歩く。6名の特別な鳥毛ひねりの棒の受け手が先に鳥の羽がついた、扱いにくそうな、25フィート(7.5m)の長さの棒をかついで一緒に回る。時々、その鳥毛の棒をお互いに投げ合って、受け取る。昼食前に飲んだお酒で身体が思うように動かないため、時々鳥毛棒を旨く受け取れない時があるが、それもまた面白い。

 しかし既に、秋葉祭りは単に同じ事をする(残す)事だけで組織されなければならないので、もう既にこの土地を去って、ここに暮らしてない人々までもを呼び寄せて参加して貰わなければならない。以前は、参加者は別子地区の者でなければこの祭りに参加できなかったが、今日ではこの別子地区は築60年程の瓦礫の木造家屋しか残ってない、子供の居ない、100人ほどが住んでいる地区である。

町職員が話すには、この地区の住人の80%は一人暮らしの高齢者だという事だ。

 

 この23年の間に、別枝は町からゴーストタウンへと変わった。(Besshi turned from a town into a ghost town). そして、秋葉祭りは外部の人々を祭りに参加させる事を許したことで、徐々にその祭りの認知度が広がって、人気が出てきた。6年前3町村が合併し、仁淀川町が誕生した。この年、仁淀川町の一つの小学校の2年生クラスには2名の生徒しか居なかった、そして、これからはもっと多くの小学校が統合され、無くなる。今年はもうすぐ仁淀中学校がソフトボールチームを編成できなくなる。何故ならば、この学校のクラブ加入生徒数が内野の守備が辛うじてできる数の生徒しか居ないためである。仁淀川町で育って祭りに参加する人々にとって、1年に6回の祭り為の練習日がある、これは全く仕事以外の特別な参加活動です。

 

 8歳で刀を持ち踊り、13歳で笛を吹き、17歳で太鼓を打ち、もし運が良くて、強靭な肉体に恵まれて、バランス感覚が良くがよければ、26歳で鳥毛ひねりの投げ手、受け手になれるかもしれません。そして、ロックスターのように1万人もの人々から拍手喝さいを浴び、地元のテレビ局からインタビューを受ける事になるでしょう。

 

 今年は東京、横浜、大阪等に住む仁淀川町出身者が帰ってきました。来年はスピカ藤原

figureさんも多分帰ってくるでしょう。18歳の藤原さんもこの3月高校を卒業。彼は仁淀川町で仕事を見つけたかったがしかし仁淀川町には無い自動車工場でも働きたい。だから彼は来月嫌々ながら名古屋へ引越しする。そこで彼は自動車のクラッチやトランスミッション部品を作る工場で働く。

 

 「僕は仁淀川町を出て外で働く事にすごく不安がある。」と藤原君は言う。たくさんの人が僕のところに来て、アドバイスをくれる。気をつけてねと。

 

 藤原君は6歳の時秋葉祭りに参加した事を覚えている。この年彼は太鼓をたたいた。

彼の兄は花形の鳥毛ひねりの役をした。彼はこの山里を出て行くとき多くの思いが頭をよぎった、皆がくれたアドバイスをかみ締めた。地元の人は藤原君に「どこに行こうとここに帰ってきなさい」と言った。

 

 橋掛直馬翻訳

 

 翻訳あとがき

 このワシントンポスト紙の記事を読んで、外国人、特に欧米のジャーナリストの目で仁淀川町を見て(5日間滞在した)、感じた事を率直に書いています。私たち高知県の人間はこの仁淀川町の状況はある程度分かっているので、地元の新聞社も放送局もここまで率直に仁淀川町を訪問して、町の人にインタビューして感じた事を、思っても書きません。でも欧米の記者は彼女がここを訪問して一番感じた事を率直に記事にしました。秋葉祭りのことよりも、仁淀川町が如何に衰退しているかを率直に記事にしています。先ずこの記事の最初の書き出し「Last weekend this dying town held a party,」で始まっています。This dying townですよ。DyingとはDieの進行形すなわち「死に掛けている」という意味です。この死にかけている町でparty(パーティ)すなわち「お祭り」が有ったで始まります。私のこの記事の日本語訳は仁淀川町、そして高知県の人々に是非読んでもらいたいですね。私は決して誇張してこの記事を訳してはいません。外国の英語圏の方々はここに私が翻訳した日本語訳文の内容でこの記事が理解され頭に入っていきます。私たち高知県の人間はここに書かれている、改善策さえ考えようとしないと書かれていますが、この決め付けた記事にどう返していくのか考えなければならないですね。悲しいけれど、これが現実です。

                                     佐川町 橋掛直馬



羽迫さんの町屋あれこれ・・・佐川の花見~その1 青源寺庭園

 

11~青源寺庭園 「鶴亀園」

 江戸初期の寺創建時に築庭。
 禅寺の風格をもった簡素な庭園で、書院廊下から、
 現在は本堂前に移築されているが、元庭園内にあった
 茶室に向かう露地の飛び石と石組みで構成された前庭
 と、山側南端の空滝石組みから池への庭との相対が、
 この庭園の趣きとなっている。
 植栽は山科面から、もみじ・椿・つつじ・石楠花・さつきで
 点綴され、前庭には四基の石灯籠が配された
 枯淡な庭園である。
 昭和10年に文部省の指定名勝に、昭和三十一年より
 県指定名園に移行している。土佐三名園の一つである。

 

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

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木の「おひなさま」

雛人形の歴史
   ひな人形の歴史は、古代中国から伝わった「上巳(じょうし)の節句」の風習と、平安時代の貴族女児の「ひいなあそび」とが融合して生まれたようです。
 
   室町時代頃からは、ひとがたに似た人形を作って飾る習慣が生まれ、さらに江戸時代に入ると女性たちが「ひな人形」を飾って楽しく遊ぶ一日となり、後には誕生した女児の初節句を祝う日となったそうです。
 
   現在ひな人形は、七段一五人飾りなど、豪華な金襴衣裳の人形に唐草模様の道具を組み合わせたものなど何十万円もする「ひな人形」があります。


木で作る「ひな人形」
   私は森にたずさわって40年以上になります。森にはいろいろな種類の木が生育しています。
 
   この時期になると、毎年「木のひな人形」作りをしています。
 
   いままでに製作してきた「ひな人形」は ①小枝で作る「お雛様」や「立雛」「やじろべー雛」等があります。
   今年は②糸ノコを使った「おひな様」や「雛の吊し飾り」を製作しましたので紹介します。


 
①小枝の作品


 ○小枝で作る「立雛」

この作品も、主に「サクラ」の木を使っています。
                                     左の作品は、「エンジュ」の木の上にお内裏様が立っており、後方に紅梅を配置しシンプルにまとめてみました。

もう一つの作品も、「立雛」ですが、後方に白梅を配置し豪華にしてみました。

 

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梅花黄蓮

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バイカオウレンの花.JPG

 

非常勤講師仲間のY先生が、バイカオウレンの自生地に連れて行ってくれました。

静かで薄暗く、しっとりと苔むしていて、まさに秘密の花園でした。

お世話なさっている方がいるようでした。ありがたいことです...。

荒らされませんように。

 

 

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

 

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おつきあい  No.237 2011.3.1  平和団地 自治会会報 よりの抜粋です。http://blog.goo.ne.jp/heiwafc

 

平和団地・中央公園 遊具設置記念

第1回 平和団地 
こどもとお年寄り・大人の交流フェスティバル

 みんなで楽しみました

とき  2011年 2月27日(日)    10時から14時 

 

 

 

朝早くから、また前日からの準備があって、みんなが楽しむ事が出来ました。子ども達の笑顔のためにお世話いただいた皆さん、ありがとうございました。

 

天気にも恵まれ、坂本安広さんの明快な司会でフェスティバルがオープニングです。、実行委員長の久保宏道さん、柴田・自治会長の挨拶があり、続いてこのイベントの安全担当者、藤原重幸さん・岡内雄幸さんが紹介されました。

 

高知市みどり課の森本さんから、遊具の説明がありました。前日の中央公園は、子ども達が沢山集まって遊んでおり、あんな光景を見たのは初めてでした。子ども達への素晴らしい贈り物になりました。大人も使える健康遊具もありますよ・・・

 

 

お年寄りに教えてもらいながら、マイハシ・マイコップづくり。子どもたちの目も大人たちの目も、輝いていました。事前に、竹を取りに入ってくれた皆さんをはじめ、陰の力がいっぱい詰まっていました。

 

もちつき・あんこ入れなどにも挑戦!失敗したので、自分で食べる・・・そんな子どもの姿もありました。

 

 

ハガマでご飯を炊いておにぎり作り、おこげが美味しかった。シシ汁・ブタ汁・ぜんざいもお代わりしている子どもも・・・災害を想定した、炊き出しの訓練でもありました。焼いもは、大人も子どもも憧れのメニュー。関わった人のいろんな工夫が重なって、実に美味しく焼けていました。

 

 

手作り楽器「モリーネ」の演奏、小松広昭さんほか団地内のメンバーが中心で、いつも楽しい音色を聞かせてくれています。

 

手作り紙芝居で有名な、漫画家でもある香美市の「おかもとあつし」さんに来てもらいました。さすがにプロだけあって、子ども以上に大人がくぎ付けになっていた場面でもありました。大人にとっても懐かしい紙芝居でした。

 

 

元高知市消防長の505番地・山中次男さんのお世話で、消防車や救急車に来てもらい、災害時の取り組みや子ども達の体験も出来ました。

 

団地の入り口の二人のおまわりさんもパトカーで来てくれて、団地入り口で頻発する交通事故など、交通安全の話や「ふりこめさぎ」予防などについて話していただきました。

 

 

 

「金ちゃん工房」の正岡さんが、子ども達が使う竹引き鋸やナイフなどを持参して、手作り遊具の一端を展示し、子ども達を楽しませてくれました。また、いの町吾北の伊藤さん親子が、イノシシ肉や蒔き・焼いも用のイモと炭窯で出来た灰、炭などを持参して焼いも作りなどを応援していただきました。内の谷の長崎さんは、竹馬や竹トン部など手作り遊具を持参してくれました。放送関係は、「鏡川こども祭」の実行委員長でもある森田俊彦さんが応援に来てくれました。
団地外とも交流を交流を広めながら、来年も楽しい"子どもとお年寄りを中心にした祭"が出来ますように!

 

全員で後かたずけをしてから、その場で実行委員会のスタッフほかの皆さんで、少しのどを潤しながら反省会をしました。天気に恵まれ、事故もなく終わった後の満足感と、初めての手づくりの取り組みで、参加者と共に楽しかった祭を、各人が話されました。素晴らしい交流の場でもありました。みなさんお疲れ様でした。

 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その2)

 

 

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ひな人形・・・四万十川流域

羽迫博己さんの、町屋あれこれ

 

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