羽迫博己さんの町屋あれこれ~窪川の玄関 志和港 ~

近代のあけぼの
~窪川の玄関 志和港 (大正元年撮影)~
久礼坂に郡道が出来るまでは、窪川、幡多
地域からの物資や、藩政期の土佐の殿様
に納める年貢米などは、全てこの志和港
から船便で高知城下に積み出されていた。
港の近くには米蔵があり、米を中心に、
志和坂を馬の背に米俵を乗せ運ばれ、
村は大いに栄えたところであった。
また帰り便には、高知城下から生活物資を
積み込んで帰港した。
仁井田郷の玄関口として繁栄し、多くの
商家が軒を連ねていた。
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このページは、会員1349が2011年7月10日 19:05に書いたブログ記事です。
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羽迫博己さんの町屋あれこれ~窪川の玄関 志和港 ~

近代のあけぼの
~窪川の玄関 志和港 (大正元年撮影)~
久礼坂に郡道が出来るまでは、窪川、幡多
地域からの物資や、藩政期の土佐の殿様
に納める年貢米などは、全てこの志和港
から船便で高知城下に積み出されていた。
港の近くには米蔵があり、米を中心に、
志和坂を馬の背に米俵を乗せ運ばれ、
村は大いに栄えたところであった。
また帰り便には、高知城下から生活物資を
積み込んで帰港した。
仁井田郷の玄関口として繁栄し、多くの
商家が軒を連ねていた。