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このページは、会員1185が2012年1月15日 19:26に書いたブログ記事です。

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沢村昭洋さん沖縄通信・・・沖縄の湧水を歩く (その6)

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沢村昭洋さん沖縄通信・・・沖縄の湧水を歩く (その6)


浦添市の仲間樋川



琉球が統一される前、中山国(チュウザンコク)の王都だった浦添市の浦添グスク跡に近い集落、仲間を歩いた。ここには、大きな仲間樋川(ナカマフィージャ)がある。このあたりは、沖縄戦の激戦地である。
 樋川は市内で最も大きい井泉の一つ。仲間集落の村カー(共同井戸)として大切にされてきた。樋から水が豊富に流れ出ている。
 昭和10年(1935)コンクリートの近代的な改修がされた。上部の水タンクに水を貯め、次に洗濯などする「平場」をへて、最後は農具や農作物を水洗いしたり、馬の水浴びなどする「ウマアミシ」にたまるように造られている。


この樋川は戦争で大きな被害を受けず、仲間の収容所に集められた数千人の人々の生活水をまかなった。


                      
上水道が整備される昭和40年代まで、水を利用する人たちでにぎわったという。
 いま見ても、とても規模が大きい。水量も豊富である。なかなか見事な樋川である。いま夏休みで子どもたち10人ほどが集まり、水遊びに熱中していた。
         


 グッピー(小さな魚)がいると言って、網ですくったり、水かけをしてはしゃいでいる。楽しくてたまらない様子。時間の立つのも忘れるだろう。中学生らしいニイニイが一人いて、しっかりリードしていた。子ども時代に、田舎の川で遊んだことを思い出す。いまではとても懐かしい光景だ。



 

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