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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」の最近のブログ記事

杉の大杉                                           情報プラットフォーム、No.213、6(2005)

IMG_6509.jpg


 小2の大石樹(たつき)くんは、毎年、夏休みに飛行機で高知にやって来る。昨年は、500系のぞみ、振り子列車の南風と乗り継いで来た。

乗り物図鑑を卒業して、今は時刻表に熱中している。樹くんと娘の葉子が乗っている特急南風に、仕事のあと丸亀から合流した。

指定席は先頭車両で運転席の後方右側である。「岡山から運転手は三人も交代しているのに、おれはズーット運転のしっぱなしの気分だ。くたびれたぜ」と言いながら大満足。

 

 東京へ帰った樹くんから電話があった。「じじ、『四国へGO! サンライズエクスプレス』を読んで!!。

おれ、図書室で借りて読んだけど、面白いぜ。来年はおれ一人で高知に行くからね」「空のちびっ子一人旅?」「違うよ。読んで!」と会話が弾んだ。

 

 小4の大杉翔(しょう)くんと大杉翼(つばさ)くんの友情と冒険の物語である。

新築マンションに偶然にも、同じ名字の大杉さんの一家が引越してきた。二人は、この時からの、3才の時からの仲良しである。

春休みに、突然、翼の一家はお祖父ちゃんの農業を継ぐために、高知県の須崎の多ノ郷(おおのごう)に行ってしまった。

翔は次第に疎遠になることに焦りを感じていた。そして、土讃線に大杉駅があることを知る。

サンライズエクスプレスのノビノビ座席ならば、安く行けることを調べ出す。翔は、東京-坂出-琴平-阿波池田-大杉、翼は、多ノ郷-高知-大杉と乗り継ぐ計画。

ハプニングや決断や親切があるが、結局、大杉駅でお弁当を一緒に食べることが出来る。「日本一  杉の大杉、幹の周囲が20m、高さが60m、樹齢は3000年」と説明のある2本の大杉を見て、自分たちの名字の由来を想像する。

 

 窓の両側に広がる田んぼや子供たちが泳いでいる大きな川に吃驚する翔。

白い塀に囲まれた古くて大きな家、黒い瓦屋根、黒ずんだ木目の板の壁、庭に面した長い縁側をぽかんと眺める翔。

「こんな古い家、いやだよな」と翼。「はよう、寝や」に、「わかっちゅう」と翔の知らない言葉で答える翼。

こんな田舎を知られたくないと思っていた翼、東京から来てすべてに新鮮さ感じる翔である。翼も改めて高知の良さに自信を持てるようになる。

 

  「読んだ。面白いね!」という私の電話に「おれ、この本を図書室で発見したときは、本当にびっくりしたぜ。

夏休みには一人で高知に行くよ。まだ大杉を見てないし!」「その大杉駅は去年のお正月に全焼してね。今は新しくなっているんだって。

2本並んでいる大杉のように、3角屋根2つの駅舎になってるらしいよ。大杉中学校の子供たちも参加して、再建したみたい」「おれ、見に行くよ!」と樹くんの元気な声が戻ってきた。

 

 参考:『四国へGO! ・・・』、高森千穂作、古味正康絵、国土社、初版(2003,11)
                                             
 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫   s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・「情報プラットフォーム」に掲載順目次




図でよくわかる機械材料学

                                                          

                                                             情報プラットフォーム、No.2758月号、2010、掲載

 

 


 コロナ社発行(2010/2/22)の表記の著書を送ってくれたのは、(わたなべ×みう
)2である。すなわち、渡辺義見、三浦博己、三浦誠司、渡邊千尋の4氏であ
る。

 

いずれも東京工業大学大学院総合理工学研究科で工学の学位を取得した方々であり、それぞれが名工大、電通大、北大、金沢大で、教鞭を執り、研究に携わっている。

 

「諸先輩の書かれたたくさんの機械材料学の本があるが、これらと一線を画すため、図面を多用し、機械工学科の学生さんにも理解しやすいように執筆したつもりです。

 

全員で全文章を書いたものであり、苦労は単著以上になりましたが、統一感のある教科書に仕上がっているものと思います。」との手紙が付いている。巣立っていった人々の成長ぶりに感激いっぱいである。

 


まず、この本の2つの特徴を示そう。機械を構成する材料の大半は金属材料であ
ることから、全ての材料を網羅的に書き並べるのではなく、対象を金属材料に
絞っているのが第1の特徴である。

220頁の手頃な分量であるが、表題のように図の数は231に達し、これが第2の特徴である。なお、数式は152あるが、次のステップへの基礎になるものである。

 


 全10章は、第1章「機械材料とその製造プロセス」、第2章「結晶構造」、第3
章「格子欠陥」、第4章「拡散」、第5章「熱力学と相変化」、第6章「平衡状態

図」、第7章「転位と材料強度」、第8章「材料の強化方法」、第9章「材料評価
法」、第10章「材料各論」から構成される。

それぞれの章の終わりには適切な演習問題が付いている。

 

 材料の性質は材料の成分と材料組織によって決まり、材料組織は材料の成分と製造プロセスで決まる。

製造プロセスとは、例えば、鋳造、熱間加工、冷間圧延、焼鈍・時効処理などと続く一連の工程であり、部品形状に作り上げるだけが目的でないことをが知れる。

 


 機械材料として最も重要な材料強度を転位との関わりで述べた第5章には、15%
に当たる35頁を割いており、第10章の「材料各論」の20%の45頁に次いでいる。


 用途に応じて様々な材料強化法が使われる。加工硬化、結晶粒微細化、固溶強化、析出強化、複合強化などが選択肢である。

また、種々の環境下で使われる機械材料は、引張強度試験だけではなく、疲労、クリープ、衝撃、摩耗などの特性を評価する必要がある。

 


 自動車などの軽量化に伴い、鉄からアルミニウムへ、アルミニウムからマグネ
シウム、無機材料・有機材料へ、さらに複合材料への流れが生まれている。

10章では、金属材料から離れて、複合材料にも言及している。複合材料の重要度が増している証拠である。 

熱力学や相変化では、自由エネルギーの理解が、そして平衡状態図の基本を知る必要がある。

昔、何故「自由」なのかと疑問に思った。図書館で、書店で熱力学の本を読みあさった。ある一冊の本に、自由エネルギーに対して、束縛エネルギーも定義され、疑問が一気に解消したことががある。第5章にはそれがある。若い頃の懐かしい思い出である。

 


著者4人が電子メールで、時には札幌、東京、金沢、名古屋から集まり、オフ会
を開いて協議している。

普通は著者の得意な分野の記述が詳細になりがちだが、偏りのない均等な分野配分になっていることが第3の特徴と云える。

材料の環境問題や破壊靱性への言及の物足りなさは感じられるが、最も大変な作業は割愛だったのではと想像できる。

そのことが全体を引き締め、スマートな仕上りにしている。機械系だけではなく、材料系の学生にとっても、もの作りに関わる多方面の人々にとっても座右の書として役立つだろう。

 

 

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モーツアルト大好きの対話     情報プラットフォームNo.2747月号、2010

 

 

 青木 淳:みなさんこんばんは。日頃のご無沙汰をお許しください。実は明日
の毎日新聞の朝刊(2010/04/03)に私が出ております。

ノーベル物理学賞の小柴昌俊先生との対談ですが、私がインタビュアーです。誠に恥ずかしながら私の顔写真も付いています。今後このような大それたことはないと思うので、どうかこの度だけは、大目に見て下さい。

 

 鈴木朝夫:切り抜きを有り難うございます。音楽の話が印象的な小柴先生との
対談です。私もモーツアルトの短調の曲はどれも好きです。

「クラシック音楽ベストテン」(本誌、No.2234(2006))と題した私のエッセイをご笑覧ください。これにバイオリンソナタ、ホ短調、K304を入れています。

青木先生も音楽好きとは。音楽談義が出来ますね。折角ご案内頂いた「地方仏フォーラム」、高知での開催ならばと残念です。

 

 青木:おはようございます。東京では不思議な仕事が有るものですね。自分が
何の研究者だったのか分からなくなってきました。ただ、話を聞かせて頂けるこ
とで、未知の世界に繋がる楽しみが尽きません。

実はこの対談の前に、モーツァルトがK304を書いたパリの旧居に行っていたのです。ここで21歳のモーツァルトは母親を亡くします。そんな状況下で作曲したんですねと切り出そうと思っていたら、小柴先生に「あの曲は体に沁みるんだよ」と語りかけられて吃驚しました。

鈴木先生のお好きな曲、とても若々しい気がしました。マーラーの交響曲第1番。先日、クーベリック指揮のものを聴きました。あまりに熱く、しかし透き通っているのに感激しました。

オルフのカルミナブラーナ、これは私がベルリンに留学していた頃のテーマソングでした。シューベルトの冬の旅、バッハの無伴奏チェロ、寒いドイツの町でウオークマンで聴いていて沁みました。

いつか音楽対談したいですね。もし人生で最後に聴いておきたい一曲と言われたらどんな曲ですか。

 

鈴木:大変難しい宿題が出ました。「沁みる」の範疇ではないかも知れませんが、考えあぐねた末に、モーツアルトではなくベートーベンに、交響曲、第7番、イ長調に決めました。リズムの昇華とでもいえる軽快な、しかし重厚な曲想が好きです。

 

 青木:こんばんは。いやいや調子に乗って変な質問をしてしまったと、反省し
ていたところでした。

第7番。指揮はやはりフルトヴェングラーですか、それともクライバーですか。全くの名曲ですね。指揮者の個性を聞き分けるときにもよくこの曲を聴きます。

ベートーベンのサービス精神がいっぱい詰まっているようにも聞こえます。

私は、仕事で人の死について話すようになったのですが、その空気とか、時間を説明するときに、肉体的に亡くなっていてもどこか五感の中で聴覚だけが生きている気がして、最期の時間は好きな音楽に包まれて逝きたいと思っていました。

小柴先生はきっとモーツァルトのホ短調、K.304なのですが、私はピアノ協奏曲21(ハ長調)23(イ長調)がいいかなと思っています。

せめてこのぐらいは成熟したかったんだって、言ってみたくてです。美術の話もこのぐらい気楽に出来ると良いのですが、なかなか易々とはさせてくれません。

 

鈴木:おはようございます。東京の、そして多摩美大の住み心地は、土佐の、そ
して高知女子大のそれとはかなり違うでしょうね。

須崎市上分の大日如来座像(湛慶作)を、そして土佐の地方仏研究会を忘れないでください。

レクイエム(魂ミサ曲)ニ短調、 K626を忘れていました。モーツアルトはこれを沁みながら作曲したに違いありません。


 

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読んで貰える申請書の書き方は ?   

                                                                          情報プラットフォーム、No.229、10(2006)

 

はじめに)

 今年は何としてでも研究費が欲しいとの思いから申請書を書いたことが何度もある。校了後の満足感と十分な手応えを感じての書類提出である。

この様なときには報われる確率が高かった。その後、申請書や報告書を審査する側に回ることが多くなった。申請者の書き切ったという思いが伝わる計画書は他の審査員にも支持されることを知った。

 

1)タイトルには最大限の努力を

 分厚い学位請求論文をまとめ上げたA君は、2000字を限度とする概要(アブストラクト)の作成に苦労した。次に300字の要約を作らなければならない。

A君は「5年間の研究の集大成であり、1500ページもあるのですから、300字に要約しろとは理不尽です。」と訴えに来た。

私の答えは「さらに短い要約が必要です。それが出来なければ、学位には値しないのです。」「それはタイトル(題名)です。最大で25字程度です。」であった。

 

 少なくとも10を超える候補名を考え出し、選び抜くことが大切である。ベストセラーの映画にも書籍にも、すべて魅力的なタイトルが付いている。

見たい、読みたいにさせる工夫が大切である。題名は繰返し詠んでみよう。投句(俳句の投稿)のときのように。

 

2)申請書は絵のように美しく

 B研究員が添削して下さいと、徹夜で書き上げた研究助成申請書を持ってきた。筋書きとしては良く書けてはいるのだが、読む気にはならない。

字間と行間が殆ど同じであり、記入欄ごとに活字のポイントが異なり、しかもパラグラフ(段落)が全くないのである。「審査員はこれを読みたいと思うだろうか。

目を通して貰えなければ、貴方の努力は届かないのです。自分が審査員だったらと考えて下さい。」と再考を求めた。

 

 箇条書き、分かち書きも有効であり、図・表の挿入も効果的である。思い入れの多い文章、あれもこれもと欲張った文章は、すべて冗長と考えるべきである。

贅肉の切り落としが必要である。この割愛の過程が目から鱗を落としてくれる。各欄の分量は多からず少なからず。書類の山の中から、思わず拾い出したくなるような紙面構成を目指そう。

 

3)仕込みを早く、熟成を待つ

 締め切りが迫ってから、交付金・補助金を獲得しようと思い立つことが多い。今から来年の締め切り日に向けての思考実験を始めよう。

関係者間で議論を重ねること、仕上がったら第三者に見せて批判を受けること、時間を置いて再検討することなどが熟成させるこつである。

なお、集中力を高めれば熟成期間を短縮できないことはない。草稿が仕上がったら、読み聞かせのように声に出してみよう。利き酒は念入りにすべきである。

 

4)審査員はそれほど忍耐強くない

 C社のC社長さんが申請書(案)を携えて来訪。国への助成金事業の目的を、「環境問題はこれで一気に解決します」の意気込みで滔々と持論を展開して下さる。

申請書でも「そもそも」から始まり、地球環境を守ることの重要性が丁寧に述べられているのだが、肝心の手法については「新規性の高い特殊な処理工法」としか記していないのである。

「特許申請の準備中であり、情報が漏れては困るのです。細かく書くことは控えたい。」「細かくどころか、何も書いてないですね。」「D大学のF教授に指導を頂いてます。」とやり取りがあった。

 

 これでは審査する手掛かりもない。陥りがちな弊害である。提案のビジネスプランが「要するに何なのか。」を明快に伝えるものでなければならない。メリハリの効いた4コマ漫画に仕立てよう。

 

5)素人にも分かる平易な表現を

 ご利益がありそうなお経は意味不明でもかまわないが、応募書類は理解して貰わねばならないのである。専門用語(略号、業界用語、やくざ言葉、オタク言葉)を断りもなく使ってはいけない。

最初に使うときに解説が必要である。例えば、「この表現はチョベリバ(超ベリーバッド)だよ。」のようにする。

用法が一般化して来れば問題ないが、内輪で日常的に使っているので気が付かない。素人である家族などに見て貰うのがよい。審査員は全くの素人と思っていれば間違いない。

 

おわりに)

 公募しているプロジェクトの趣旨と助成を求めようとする自分の事業計画とが完全に一致していることなどあり得ない。といって諦める必要はない。

こちらを先方に合わせることの検討、木に竹を接ぐことの工夫が必要になる。その過程がアイデアを新鮮なものに変身させていくことになる。


  申請者の全員が、ここでの指摘に留意した、素晴らしい書類を書いたらどうなるだろうか。心配する必要は全くない。実行できるのは貴方だけだからである。来年度は是非とも達成感を味わって頂きたい。

 

付録)

 この文章のタイトルを数多く考えたので披露する。最終的に私が選んだのは{読んで貰える申請書の書き方は ?}である。貴方はどれを選びますか。

 A) 審査員に申請書を読ませる方法    B)必ず通る申請書の書き方 
 C) 読ませる申請書の書き方       D) 補助金獲得のノウハウ 
 E) 申請書の作成を楽しみましょう     F) 楽しみに変える申請書の書き方
 G) 貴方が審査員~申請書の山との格闘~H) 補助金交付を決める人、それは貴方です

タイトルを熟慮するうちに、これが本体に好結果を与えることになる。自分の思い込みが整理され、論点が明確になってくるのである。相乗効果が期待できる。

 

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ネバネバ,ヌルヌル,ツルツル               情報プラットフォーム、No.228、9(2006)

出典:天然なめこ


  数年前に「高知森ときのこを愛する会」に入会した。きのこ祭りだっただろうか、きのこ観察会だっただろうか、本物の野生種の「なめこ」を初めて見た。

その自然の「なめこ」の傘の経は4~5センチを超える大ものである。それが群がって生えているのだから驚きである。スーパーにあるパック詰めの栽培種が本来の「なめこ」の姿と思っていた。

 

  ところで,なめこ汁は大好物である。特に熱い味噌汁が良い。ヌルヌル感が最高である。

ジュンサイの味噌汁も同じように好きである。そして、生卵を掛けたご飯、とろろ芋ご飯、または納豆ご飯があれば、私にとって最高の朝食メニューとなる。

さらに、松前漬けや千枚漬けのような昆布の入った漬け物があれば言うことはない。要するに「ヌメリ」や「ヌルヌル」が好きなのである。

「ネバネバ」、「トロトロ」、「ツルツル」食感のお料理やデザートはすべてが大好物である。

 

  この夏、コンビニのローソンから「ネバネバ」の企画商品が売り出されている。「お手軽オクラネバネバそば」には、オクラ、なめこ、つのまた、めかぶ、茎わかめと5種類のネバネバ食材が入っている。

「ネバネバ姫サラダ」では、オクラ、とろろ芋、もずく、モロヘイヤ、なめこ、わかめ、昆布と7種類のネバネバ食材を使っている。

この他にも多数の商品が夏を乗り切るために用意されている。もちろん納豆を使った商品もある。高知で手に入る数品目を試食したがなかなかの逸品である。

 

 とろろや昆布だけではない。海苔、アオサノリ、ヒジキ、テングサ(ところてん、そして寒天の原料)など海藻類のほとんどは「ヌメリ」があり美味しい。

沖縄久米島の原産で室戸海洋深層水で養生栽培した「ぷちぷち(生)海ぶどう」はシャキシャキ感とヌルヌル感の両方が共存している。

また、見かけも歯触りも海藻と似ている木耳(キクラゲ科キクラゲ属)も大好きである。ロッククライミング中に発見し、ルートを外しながら採取し、登頂後に大切に調理した岩茸(きのこ類ではなく地衣類)はことのほか美味しかった。命がけの採取だったからであろう。

 

 また、ヌルヌル野菜ではモロヘイヤ以外にも、ツルムラサキ、明日葉、アカミズ(うわばみそう)などがある。

わらびも仲間に入れたい。「ヌルヌル芋」は種類も呼び方も多様である。里芋、山芋、長芋、自然薯、つくね芋などなど。

動物質のヌルヌル、プリプリは煮こごりに尽きる。これは動物蛋白のコラーゲンがゼラチンに転化したものである。

 

  「なめこ」の「ナメ」のようにヌルヌル感を表現した名前のきのこを調べて見た。

ヌメリガサ科ヌメリガサ属、イグチ科ヌメリイグチ属のように科属名そのものが状態を表すもの,ヌメリササタケ、ヌメリツバタケ、アブラシメジの名前を持つもの、名では表されなくても「ヌメリ」を持つものなど、「ヌメリきのこ」は極めて多い。

その時に皆で採取した多彩なきのこ類を投入する「きのこなべ」が大好物なのは当然であろう。なお、「きのこなべ」は基本的に味噌仕立ての豚汁である。

 

 今後も「森ときのことグルメを愛する会」で、「ネバネバ・ヌルヌル」グルメを中心にグルメを楽しみたい。そして、一つづつ食べ分けられる様になりたいものである。


(注*Fungus(森ときのこを愛する会会報)Vol.26,(2006)9月号の投稿文の修正・追補)


 

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バーボン・ウイスキー        情報プラットフォーム、No.227、8(2006)

 

 

出典:ウイキペディア バーボン・ウイスキー

                             

                                   19世紀のバーボン・ウイスキーの瓶

 

  アメリカ産のウイスキーであることは誰もが知っている。トウモロコシを原料とするウイスキーの総称と思っている人も多い。

西部劇では荒くれ男の呑む安酒であり、強い酒の代表として登場する。何故バーボンと呼ばれるのかを考えよう。まず予備知識を。

 

 1600年代になると北米大陸にイギリス人、オランダ人、スウェーデン人、フランス人、スペイン人、アイルランド人、フランス人、ドイツ人などが時を追って次々と入植してくる。

またアフリカンも奴隷として連れてこられた。多様な入植者間の争いやネイティブ・アメリカンとの戦いも頻発する。

1700年初頭の勢力分布はアパラチア山脈の東はイギリス、西はフランスとなっていた。カナダのケベック州から五大湖、ミシシッピ川流域を経て、河口のニューオーリンズ(ラ・ヌーベル・オルレアン)までの広大な領域がルイジアナ(ルイ王朝の土地)と名付けられたフランス圏である。

度重なる英仏植民地戦争・英仏戦争の結果、1700年の中頃にフランスはミシシッピ川以西をスペインに(その後、またフランス領に)、以東をイギリスに譲渡することになる。

このような歴史的背景の中で、1775年に始まる独立戦争で、ルイ14世はイギリスに対抗する民主主義のアメリカを支援する。

なお、フランス革命はアメリカ独立の13年後である。アメリカは第3代大統領ジェファソンの時、財政の窮乏したナポレオン統治のフランスからルイジアナを購入する。

これ以降、アメリカは、スペインからフロリダを購入し、テキサスを組み入れ、カリフォルニアへと進出する。

この「ルイジアナ・パーチャス」は以後のアメリカの西部開拓のきっかけになったと言っても良い。セントルイスのニックネームが「ワンセント・シティ」である。購入金額を面積割りにすれば、今では300万人に達するこの大都市の土地の値段が1セントになるのである。


  冒頭のクイズに戻ろう。ウイスキーはWhiskyである。ところが多くのバーボンではWhiskeyとなっている。

手当たり次第に調べてみると、スコッチ・ウイスキーはマッカラン、ジョニー・ウオーカー、バレンタイン、オールド・パー、シーバス・リーガルなどすべて「Eなし」、アイリッシュ・ウイスキーやフレンチ・ウイスキーは「Eあり」である。

スコットランドがウイスキーの本場と主張しているのである。フランス植民地からアパラチア山脈を越えて来るウイスキーは本場ものではない。

やはりフレンチ・ウイスキーなのである。バーボン(Bourbon)とはフランス王朝、ブルボン家のことである。


 ホームパーティーなどで、このクイズを出すことを私の十八番としている。ホームバーにあるウイスキーの全部を並べて皆で吟味することで座が大いに盛り上がる。

フォー・ローゼズ、ワイルド・ターキー、ジャック・ダニエルなど「Eあり」である。でも、すべてのバーボンが「Eあり」ではない。

アーリー・タイムスやメーカーズ・マークは「Eなし」である。このような指摘があれば、「例外のない法則ない」とか、「名称の中に既にEがある。Eは二度は使えない」などと逃げ口上を用意している。

 

  日本のウイスキーは? サントリーもニッカも「Eなし」である。製法の伝授を受けたことによるのである。また、必ずしもトウモロコシが原料とは限らない。ジャック・ダニエルの原料はスコッチと同じ麦芽である。                                  
 

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天真爛漫と傍若無人                            情報プラットフォーム、No.254、11(2008)

 

          
 恩師のU先生の語り口は、辛口で軽妙、そして皮肉とユーモアがたっぷり含まれている。歯に衣(きぬ)着せぬ発言は正論であるが、敬遠されがちである。

弟子としても、当意即妙、頭の柔軟さとやり返す才覚が必要となってくる。随分と鍛えられてきた。 

 

  落成記念の懇親会の冒頭で。多くの例に漏れず、最長老の大先生の祝辞が始まる。U先生「時計を見ておけよ。

5分で終わったら柔軟な頭の持ち主、10分以上掛かったら耄碌(もうろく)の極みだぞ」と計測を開始。手に持った乾杯のカップの冷たさが増してくる。

20分が経過した頃。U「こりゃ駄目だ。老害・老醜の最たるもの。俺があの歳になっても、あのようではない。念のために頼んでおくぞ。鈴木、5分経ったら袖を引っ張ってくれよな」 S「ガッテン。『そろそろ引き際ですよ』と引導を渡します」

 大学の研究室で。U「鈴木くん、君が司会の論文発表会、枯れ木も山の賑わいかも知れないが、出席できなくなった。申し訳ない」 

S「それは残念です。花咲爺さんが居ないのですね」 U「俺は意地悪爺さんかも知れないぞ」 S「眼鏡があるから、灰が降り掛かっても大丈夫です」

 

  論文審査会、学生Aさんの「高級磁器ボーンチャイナの天然原料の精製法の研究」の発表後の質疑応答で。 

U「牛骨灰でボーンチャイナを作るのは分かったが、人間の骨では?」 A「遺骨を茶碗にする人も居ると聞いています」 U「俺の時は、カップにしてくれよな。頼んだぞ、鈴木」 

S「それでコーヒーは飲めますか」 審査員の一人、T先生「止めた方がいいよ。U先生は腹が黒いだろ。純白にならんよ」 U「鈴木、どちらが黒いか確かめてくれよな」 S「カラーではなく、白黒ですね。分かりました」

 訪ねた先輩のM先生の室から戻って。U「Mの野郎は無知蒙昧だよ。この間、俺のことを『君は天真爛漫だね』と褒めたのに、今日は『傍若無人だ』とけなしたんだ。Mの言うことは矛盾しているだろ」 S「う~ん、見掛けは同じですよ」

 

 この後のU研究室で。各種の辞典を揃え、学生達を交えての意見交換。U「しかし、無邪気かどうかの見当は付くはずだぜ」 B君「無邪気は無責任を意味します」 

S「天真爛漫は無邪気、傍若無人は何だろう」 U「確信犯と言って良いだろう。反応を試しているのだから」 C君「類似の単語を調べませんか」 B君「無邪気系では、天真爛漫、天衣無縫、天真無垢、そして、自由奔放、唯我独尊、豪放磊落 などがありますね」 

D君「確信犯系では、傍若無人、傲慢無礼、厚顔無礼、厚顔無恥などです。後ほど傍(はた)迷惑が強くなるように並べました」 S「U先生は、やはり傍若無人ということになるよ」

 

  U先生がしばしば引用していたのは山藤章二の時事風刺漫画である。30年以上の長きに亘って会長の職に居続けたドンの言動を8つのキーワードで皮肉ったものである。

ドンの似顔絵と共に「耄碌(もうろく)して、度忘れし、勘違いをし、無責任に、誤魔化し、思い上がって、居直って、失言しただけなのに、どうして辞めなきゃならんのだ」の吹き出しのある一コマ漫画である。

年寄りが老害を生み出していることに、大きな憂い抱いているU先生のお気持ちがよく分かる。自戒の念を込めて引用しているのであろう。

 

 歳を重ねても、柔軟な頭と、健康な体を持ち続けたいものである。敬愛するU先生は80才を越えてもなお、傍若無人風・天真爛漫流を発揮されている。


 

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セミは可哀相だ                            情報プラットフォーム、No.253、10(2008)

                                          Graptopsaltria nigrofuscata1.jpg

                      出典:ウイキペディアアブラゼミ    


  高1のとき、生物のA先生が昆虫の完全・不完全変態の話の中で、セミに言及して「アブラゼミは可哀相ですね」と言った。

孵化した幼虫は地下で7年間を暮らして羽化する。太陽の光を受けて飛び回るのが2週間に過ぎないことをそのように表現したのである。

「土の下に居ることが何故不幸せなのですか」と質問をした。天敵の少ない地中で安全に成長するセミの生涯が、何故可愛そうなのか理解できなかった。

それならばミミズはもっと可哀相であり、小鳥は最高に幸せなはずである。

 

  中2のとき、アブラゼミの寿命が7年であると教わった。

「毎年のセミが正確に7年ならば、進化の過程で差が現れ、アブラゼミは7種類に分かれているはずだ」と質問をした。

クラス全員で2年に亘って沢山のセミを捕獲した。両者に差はなかった。「先生は答えられない」といって観察の大切さを教えてくれたB先生を今でも尊敬している。

 

  その後、17年ゼミと呼ばれる「もっと可哀相なセミ」が北アメリカに居ることを知った。

次の大発生までに17年間を待たなければならない不思議なセミである。1987年夏のドライブ旅行でのこと、イリノイ州のとある町で夜遅くモーテルに飛び込んだ。

そこで巨木が震動するような騒音を聞いた。受付の太ったおばあさんに「この音は何?」と尋ねた。「うるさいだけよ。17年毎に出てくるけど、昆虫の一種よ」とつれない返事。

おばあさんはこの土地で4回もこのセミの大合唱を聴き、歳を重ねて来たとのことである。でも「セミを可哀相」と感じたことはないようである。

 

  7種のアブラゼミ問題は、早起きや寝坊の個体が少しでも居れば、年を変えての交雑が起こることで解決する。17年ゼミはどうだろう。答は吉村仁の著書にある。

 

 過酷な氷河期に殆どのセミは絶滅したが、氷床の中に残された日溜まりのような狭い領域に居たセミ、しかもある年のセミだけが生き残った。

極度の低温で樹木の栄養も乏しく、成虫になる年月も長くなった。そして、成熟したらの羽化ではなく、決まった時間経過を待つ周期ゼミへと進化し、羽化すれば仲間と出逢えるようにした。

しかし、これは両刃の剣となった。15、16、17、18年などの2種類以上の周期ゼミが同時に羽化するとき(公倍数の年に相当する)に交雑が起こってしまう。

結果として、子供達の周期がまちまちになり、交尾の相手が激減していった。交雑は種を健全に維持するのではなく、破滅へ通じる道だった。

しかし、最小公倍数が大きくなる素数(17や13)では、他の周期セミとの交雑の機会が少なくなる。結果として、13年ゼミと17年ゼミが生き残ったのである。

 

 素数ゼミは17年の3種、13年の4種が知られている。北米各地の決まったスポットにそれぞれの素数ゼミが発生するが、全く発生しない年が17年間に5回、13年間に10回あることが知られている。

私が北米旅行中に17年の素数ゼミに出逢えたことはとても幸運である。このセミたちの大合唱には、地球の歴史が深く刻まれており、素晴らしい系統維持の手段を創り上げた賛歌に思える。

我々人類も幾多の試練を乗り越えて進化(退化)してきた。種として「可哀相な生き物」など何処にも居ないのである。

 

 参考:吉村仁著「素数ゼミの謎、小さなセミに隠された壮大な進化の物語」(文藝春秋、2005);「17年と13年だけ大発生? 素数ゼミの秘密に迫る!」(サイエンス・アイ新書、2008)


 

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効率的・経済的・利便性が仇                 情報プラットフォーム、No.226、7(2006)

 

出典:大八車   出典:ベカ車

     酒樽を積んだ大八車                                        消防ポンプを積んだ大八車


 雅の人の乗る御所車をゆったりと曳くのは牛であり、平安時代の風景である。駕籠は大名の乗る豪華なものから、旅する庶民の乗る簡単なものまで様々であるが、江戸時代の乗り物の象徴である。明治時代に入ってから人力車が駕籠に取って代わる。

 

 人間社会は常に効率性を求めているのだから、歴史は進歩の跡を辿ることであると仮定すれば、乗り物の変遷は「駕籠・輿(他人が担ぐ)→乗馬(動物に乗る)→人力車(他人が引く)→牛車・馬車(動物が引く)→自動車(機械が動かす)」の順序を発展と考えるのが妥当であろう。

しかし、日本の歴史の中には馬車全盛の時代が見あたらないのである。このようなことに刺激されて、板倉聖宣さんの著書を読んでみた。

 

  長崎から江戸へ駕籠で旅をした外国人の日本紀行には、「私はこれほど便利な乗り物を見たことがない。まさに移動する部屋のようである。」、「道路は広くかつ補修がよく行き届いている。

歩くか、駕籠であり、車輪を備えた車がないためだろう」と記述されている。日本では、馬車のようなものが存在しないので道が痛まないと観察したのである。

 

  水の都・大阪で「橋にベカ車を通してはならない。それは橋を傷めるからだ」との禁止令があった。表向きの理由である。

「ベカ車は人力を助け、人を使って運ぶ賃金を減ずるなど役立つものであるが、そのために船方や馬方の荷物が減少して難儀しているとのことである。

馬方はお上のご伝馬役を務め、船方は税金を幕府に納め、年中船役を差し出している。これらが困窮するようでは御用を怠る可能性も出てくる。

馬方や船方の仕事を減らさぬようベカ車で遠くに荷物を運ばないように心得よ。」と大阪の町奉行所は通達を出している。

その後、積み荷の制限、事故防止のための二人引きの義務、所有者の表示義務など、次々に制限が強化されている。

ベカ車の総数は2000台弱と一定に押さえられたのである。ベカ車はその便利さ故に、経済効率が高いが故に抑圧されたのである。

  江戸では大八車である。江戸城本丸まで焼いた明暦の大火(1657年)の復興のために必要だった。

「牛車大工 八右衛門と申す者、工夫つかまつり、人力にて引く荷車を始めて作りだし、・・・」と文献にある。馬持ちや牛使い達と大八車の車力(車引き)の間の積み荷争いは大阪と同じようにあった。

かけ声を掛けて威勢良く走る大八車に対する交通事故の罰則は厳しかった。総数は4000台ほどと推定される。

江戸では、復興期に功績のあった大八車の営業をむやみには制限できなかったようである。

 

  円盤状の木版の車輪の粗末なベカ車、スポーク付き車輪を持つ大八車が便利さ故に冷遇された時代である。

日本に馬車の時代があり得なかった理由がわかった気がする。江戸時代は極端に既得権益を尊重することで成り立っていた社会である。

武士の石高(収入)は先祖の功績で決まっていたことから理解できるだろう。今の社会にもこのよう例は沢山ありそうである。


 参考:「日本史再発見--理系の視点から」板倉聖宣著、朝日選書、477、(1993,6)

 

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この暑さは地球温暖化の影響?        情報プラットフォーム、No.241、10(2007)

 


 今年の夏は「それにしても暑いですね。地球温暖化でしょうかね」が当たり前の挨拶だった。

「言うまいと 思えど 今日の暑さかな」(読み人知らず)の川柳を思い出す。

今年の5月に出た気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書では「地球全体の温暖化には疑う余地はない。

この50年間の世界平均気温の上昇は、人間活動による温室効果ガスが原因である可能性がかなり高い」と記している。

注目点は2001年の第3次報告の「高い」から、「かなり高い」に表現が格上げになっていることである。(特集 地球温暖化をよむ(IPCC報告書から);科学, Vol.77, No.7(Jul), 2007.を参照のこと)

 

 高知放送から3月25日の日曜日に放映された「たかじんのそこまで言って委員会」を見た人は。司会は、やしきたかじんと辛場治郎で、ゲストは武田邦彦さん。

「環境問題のウソ」がテーマである。ついで、動画配信ポータルサイト「ミランカ」とそこの時事トークショー「博士も知らないニッポンのウラ」をご存じだろうか。

水道橋博士と宮崎哲弥の対談を柱にゲストを招く形式の番組である。第5回「環境問題のウラ」、第10回「環境問題のホントのウラ」のゲストは武田邦彦さんである。なお、ダウンロードは無料である。

 

 武田邦彦著の「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」(2007)を紹介して番組の趣旨を伝えよう。

帯書きには「錦の御旗と化した『地球にやさしい』環境活動が、往々にして科学的な議論を斥け、人々を欺き、むしろ環境を悪化させている」、「京都議定書ぐらいでは地球温暖化は止められない。・・・・官製リサイクル運動が隠してきた非効率性と利益誘導の実態とは」とある。

なお、高知エコメッセ2003(高知エコデザイン協議会主催)では武田さんに「二つの環境~いのちは続いている」で基調講演をお願いしている。

 

 放送後のある時点でのキーワード「武田邦彦」でのウエブ検索結果は、Googleで252,000件、Yahooで133,000件以上にも達していた。

ブログを拾い読みで眺めると賛否両論、議論沸騰である。揚げ足取りや誹謗中傷の議論や記事も多く見受けられる。

 

 視点を変えて見るには「豊かな石油時代が終わる-人類は何処へ行くのか」(社)日本工学アカデミー編(2004)が参考になる。

石井吉徳担当の「人類は持続可能か-安く豊かな石油時代が終わる」では、温暖化はエネルギー問題そのものであること、ピークを過ぎ石油が乏しく高価な時代が近づいていること、代替エネルギーのエネルギー利得率(EPR)が石油に比べて極端に低いことなどを論じている。

そして結論とするかのように「エネルギーが豊富な時、エネルギーを多く使う生物種が優位に立つが、エネルギーが乏しい時はエネルギー消費が最小の種のみが生き延びる」の言葉を引用している。

 

 今、我々が生きている時代の先を考える参考として藤田祐幸、槌田敦共著(1985)の「エントロピー」,フォー・ビギナーズ・シリーズ(現代書館)のあとがきの一部を取り出してみる。

「私たちは、今人類の歴史のなかで、最も『豊かな』生活をしていると思い込んでいます。昔の生活ときたらそれはひどかった、とみんなそう思っています。

宮沢賢治はそうではないと、はっきり言っています。・・・・・賢治は自然をいつくしむ目をもち、そして、自然に対して畏敬の念をいだいていた、と言うことでしょう」
 それにしても今年は暑かったですね。

 

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