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はじめまして。

自費出版した小さな写真集「土佐の銅像」を通して、高知ファンクラブと出会いました。

本に載せた写真、載せていない写真、満年齢での人物伝、個人的思い、

...など、綴っていけたらと思っています。

本の宣伝を兼ねたブログで恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

1回は、坂本龍馬の銅像です。本に載せたのが、すぐ下の1枚です。

平成17年秋、「龍馬に大接近」にて撮影しました。

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*銅像所在地:高知市浦戸 桂浜公園

*銅像製作:本山白雲 昭和3527日建立

 

*坂本龍馬(18351867 

12歳:日根野道場で剣術を学ぶ。

17歳:江戸に出て千葉道場でさらに剣術修業を重ねる。

26歳:春、土佐藩を脱藩。幕臣である勝海舟と出会う。

31歳:「海援隊」隊長となる。「船中八策」の作成。

享年32歳。

 

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光り輝く桂浜です。

 

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龍馬の石碑もあります。

 

司馬遼太郎「龍馬がゆく」を読んだのは、22歳の頃でした。

32歳になったら何をしているんだろうと考えたりしたものです。

大したこともせぬまま32歳を過ぎ、あっという間に45歳となりました...。

 

 

土佐の銅像 写真集と 津江美和さんの写真に関するページ

 

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           一般参加のご案内

坂本龍馬記念館の脇を固めるサポート役として、現代龍馬学会がスタートしてあっという間に1年が過ぎました。

大河ドラマ「龍馬伝」効果もあって館は沸騰しています。

龍馬顕彰、思想普及には大きなチャンスです。そんな中での第2回学会が、下記日程で実施されることになりました。

今回の発表者、学会員7人も決まりました。総合テーマは「飛躍・龍馬スピリッツ」です。それぞれの立場から、ユニークで鋭い発表が準備されています。

折角の発表です。会員だけではなく、広く一般の方々にも聞いてほしいと思います。

参加は自由です。是非、皆様のご参加を、お待ちしております。

 

日 時 : 2010(平成22)年 5月22日(土)

受 付 : 9:00~  開 催 : 9:45~

場 所 : 国民宿舎〈桂浜荘〉 地下1階 会議室

 

参加無料・要申込。TELまたはFAXにてお申込み下さい。先着120名になり次第、締め切ります。

*当日は駐車場の混雑が予想されます。できるだけ公共機関のご利用、乗り合わせでお願い致します。また昼食は桂浜荘レストランもありますが、混雑も予想されますので各自ご持参をお勧め致します。

 

《 当日プログラム 》

午前の部

9:00 受 

9:35 参加者 入室

【研究発表】

9:45 現代龍馬学会会長 永国淳哉氏挨拶

高知県文化財団理事長 島田京子氏挨拶

発表者の紹介

① 公文 久雄 「土佐の鐔について」

② 春野公麻呂 「龍馬が開眼した旅路~四国龍馬街道~」

③ 鈴木 典子 「池道之助旅日記(思い出草・噺の種)を読んで」

12:15~13:10   

 

午後の部

13:15  ④ 小島 一男 「幕末土佐に於ける銃砲の変遷」

 大倉美知子 「幕末の色~龍馬のモダンなカラーセンス~」

⑥ 坂本世津夫 「明智光秀と龍馬」

15:30~15:45 【休 憩】

⑦ 小美濃清明 「坂本龍馬と竹島開拓」

16:30 総 括

宣言文発表

17:15  解 散

 

 

お問合せ・お申込 高知県立坂本龍馬記念館・現代龍馬学会事務局

〒781-0262 高知市浦戸城山830 TEL088-841-0001 FAX:088-841-0015

 

 

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現代龍馬学会  の記事

桂浜 に関する記事

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HN:龍馬 さんの記事(その2)

 




4月30日、名古屋の知人を案内して桂浜に行きました。

明日からは一般車が進入禁止で、無料のシャトルバスが運行される事になっていましたが、

今日は駐車場の手前で少し並んだくらいで、助かりました。

桂浜公園の坂本龍馬像横では、「龍馬に大接近」 のやぐらが組まれており、記念写真を撮りました。  「龍馬に大接近」 5月30日まで

 

すがすがしい潮風を受けながら桂浜を歩いて、竜宮岬を案内しました。

桂浜水族館も、親子連れなどの観光客でにぎわっていました。

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P1140834.jpg出典:私が高知を旅するなら

浜辺の岬には、竜宮岬があります。竜宮と名前が付くぐらいなので、主に海の中の神様です。
海中、海上安全。そして、縁結びの神様でも有名です。仲の良い、カップルには、是非、行ってもらいたな~。
写真は竜宮岬と4月に開催された竜宮祭の様子です。

 

 

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桂浜 に関する記事

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HN:龍馬 さんの記事(その2)




4月30日、名古屋の知人を案内して桂浜に行きました。

明日からは一般車が進入禁止で、無料のシャトルバスが運行される事になっていましたが、

今日は駐車場の手前で少し並んだくらいで、助かりました。

桂浜公園の坂本龍馬像横では、「龍馬に大接近」 のやぐらが組まれており、記念写真を撮りました。

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HN:龍馬 さんの記事(その2)




「クスノキと龍馬・・・明治維新を支えた木」・・・その1 はじめに

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画像は、「坂本龍馬記念館」で開催された、現代龍馬学会の4月例会(4月21日)で、「樟脳の話」をクスノキから樟脳を作る実験を交えて行った時のものです。

 

IMG_3931.jpg 龍馬の生まれたころから、土佐ではクスノキから作られた「樟脳」生産が、盛んでした。

 

土佐式樟脳製造方法が、考案されて当時の土佐藩の「外貨獲得」の重要商品として、軍艦・汽船・武器弾薬購入の原資となった。

 

維新前後に土佐藩が活躍できたのもクスノキのおかげです。

龍馬の船中八策で名高い土佐藩の汽船「夕顔丸」も樟脳販売で購入。

 

さらに調べると、薩摩藩でも樟脳は、重要な外貨獲得商品でした。

クスノキが、土佐藩や薩摩藩を支える重要な木であったことを皆さんに伝えたい。

また、同時にネット上で樟脳教室を開催し、樟脳つくりの実演も公開します。

 

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            <樟脳 教室>

 

  クスノキの枝や葉っぱから「樟脳」を取り出す実演をお見せできます。

 

     所用時間は、開始からあとかたづけまで30分以内です。

     添付の資料については、各自でお読みいただくことにします。

詳しい説明時間については別途、ご相談にのります。

     クスノキの枝(破片)を煮ますので、火を少し使います。

クスノキの枝は、私が持参します。

     少しですが、クスノキのにおいが周囲に立ち込めます。

においもその周辺だけでほかの部屋にもれることはありません。

     器具や道具は、私が持参しますので特に用意していただくものはありません。

 

 根木勢介

高知市知寄町2丁目10-1303 サーパス知寄町1

携帯:090-2825-2069

e-mail: negi.600@nifty.com

 

根木勢介 さんの記事

 

クスノキと樟脳と龍馬 に関する記事

 

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11月22日、全国各地から集まった長宗我部ファンの若者達は、「国民宿舎・桂浜荘」(浦戸城址)で開催された前日の"長宗我部セミナー「若者と語る」"や懇親会の後、「国民宿舎・桂浜荘」(浦戸城址)に宿泊していました。

11月23日は、隣の「坂本龍馬記念館」を訪問した後、バスで若宮八幡宮へ移動しました。

前日に続いてNHKほかの報道取材もありました。

ブログ「土佐日記三」をご紹介!(これをお読みになると全体の行動が良く分かりますよ)

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立派な秦神社の社務所?が完成し、昨日は落成の持ち投げなども行われたとか・・・

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提供: フリー百科事典ウィキペディア

秦神社(はだじんじゃ)は、祭神は主神が長宗我部元親で、配神は秦家累代、家親忠死者である。社名は長宗我部氏が中国王朝の始皇帝の子孫と称する秦河勝の後裔と称したことによる。

長宗我部元親の菩提寺である雪蹊寺廃仏毀釈により明治3年(1870年)に一時廃寺となった。このため雪蹊寺跡に隣接して明治4年(1871年4月7日(新暦5月25日)に建立された。長宗我部氏の子孫にあたる島弥九郎などが中心となり雪蹊寺にあった衣冠束帯姿の長宗我部元親木像をご神体として安置した。また、戸次川の戦いで戦死した長宗我部兵の霊璽板(大位牌)も祀った。

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美人の若い神職が加わり、厳かな中にも華やいだ雰囲気が加わり、素晴らしい供養祭・神事でした。

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長宗我部顕彰会の代表や宅間歴史民俗資料館長に続き、長宗我部最高委員会や長宗我部ファンクラブの代表も玉串奉てんをしました。

 

HN:サカチャン                                          

長宗我部ツアー に関する記事

HN:サカチャン さんの記事




桂浜~JR高知駅・・・MY遊バス時刻表

お問い合わせ:高知県観光コンベンション協会まで TEL 088-823-1434

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HN:史跡探訪者

桂浜・浦戸湾巡りの「高知市観光遊覧船」 に関する記事 

HN:史跡探訪者 さんの記事




高知市観光ボランティアの人達と、桂浜・浦戸湾巡りの「高知市観光遊覧船」に乗りました。

高知市九反田の「NPO法人 きらりこうち都市づくり」が高知市観光遊覧船事業をやっています。

ゆったりと湾内を走り、ガイドさんの説明を聞きながら、各自写真を撮ったり、メモしたりの充実した高知市観光ボランティアの人達の自主企画でした。

浦戸湾の海から歴史を尋ねて、見る景色に一同大いに感動して、素晴らしい観光資源になる・・・と話していました。

NPO法人 きらりこうち都市づくり」の高知市観光遊覧船事業パンフからのご紹介です。

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kankoupa7.jpg  NPO法人 きらりこうち都市づくり」の高知市観光遊覧船事業パンフより

 

HN:史跡探訪者

桂浜・浦戸湾巡りの「高知市観光遊覧船」 に関する記事 

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高知市観光ボランティアの人達と、桂浜・浦戸湾巡りの「高知市観光遊覧船」に乗りました。

高知市九反田の「NPO法人 きらりこうち都市づくり」が高知市観光遊覧船事業をやっています。

ゆったりと湾内を走り、ガイドさんの説明を聞きながら、各自写真を撮ったり、メモしたりの充実した高知市観光ボランティアの人達の自主企画でした。

浦戸湾の海から歴史を尋ねて、見る景色に一同大いに感動して、素晴らしい観光資源になる・・・と話していました。

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料理旅館 冨久美味に舟を着けてくれて、船から下りて昼食などが出来るそうです。予約をして、活伊勢エビ料理など桂浜で黒潮に育まれた豊富な海の幸をご賞味下さい・・・又迎えにも・・・とのこと。

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         桂浜の堤防は、いつも釣り客でにぎわっています。

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今回は、龍馬の銅像横にやぐらが組まれて、龍馬さんと同じ高さで見る事が出来る期間中だったので、一番良い角度での龍馬像は見る事が出来ませんでした。

やぐらが目に付きますが、やぐらの左に龍馬さんが見えています。

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海から左の竜王岬や桂浜水族館、上には、浦戸城跡に建てられている国民宿舎「桂浜荘」や坂本龍馬記念館なども見えています。

陸から見る風景とは全然違う迫力がありました。

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 NPO法人 きらりこうち都市づくり」の高知市観光遊覧船事業パンフより

 

 

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桂浜・浦戸湾巡りの「高知市観光遊覧船」 に関する記事 

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高知市観光ボランティアの人達と、桂浜・浦戸湾巡りの「高知市観光遊覧船」に乗りました。

高知市九反田の「NPO法人 きらりこうち都市づくり」が高知市観光遊覧船事業をやっています。

ゆったりと湾内を走り、ガイドさんの説明を聞きながら、各自写真を撮ったり、メモしたりの充実した高知市観光ボランティアの人達の自主企画でした。

浦戸湾の海から歴史を尋ねて、見る景色に一同大いに感動して、素晴らしい観光資源になる・・・と話していました。

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丸山台・・・戦前は得月楼(とくげつろう)別館「比君亭(しくんてい)」の建物がありました。

「板垣死すとも自由は死せず」と名言を口にしたと言われる板垣退助は、明治15年、県内の民権活動家ら約一千人とこの丸山台「比君亭(しくんてい)」で大宴会をおこなったといいます。(高知市観光遊覧船パンフより) 

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袂石(たもといし)・・・高さ4m、根回り15m。1867年(慶応3年9月)龍馬は最後の帰郷時に1000丁のライフル銃を震天丸に積み込み、浦戸湾外で潮待ちしたのち入港してこの場所に停泊。ここから小船に乗り換えて対岸の中条家に入りました。 (高知市観光遊覧船パンフより) 

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 浦戸大橋を海から眺めました。種崎の「千松公園」、種崎海水浴場です。

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