続々 シベリアンハスキー 情報プラットフォーム、No.243、12(2007)
いつものように、散歩して、ご飯を食べて、「はな」は普段と変わりはなかった。いつものように、孫の暖(ひなた)を保育園に迎えに行き、我が家へ。
お店から帰った一枝(ばんばちゃん)と、勤め先から帰る娘の明日香(かあさん)を待つ。
皆での夕食が7時過ぎ。「明日は貿易センタービルが破壊された日だね」、「『一枝さん、大変なことが起こっています。テレビを見て下さい』と電話をかけたよ」、「デートの翌々日だから、火曜日だった」、「2001年と2007年は全く同じカレンダーになるね」と6年前の思い出に花が咲く。
横になった「はな」のお腹が波打っている。3人が座り込んで交代で体をさする。
頭を持ち上げようとする。「無理しなくてもいいよ」と、さするうちに呼吸は穏やかになる。ちょっと家に入り、戻ってみると息がない。体の暖かさは、まだ沢山、沢山に残っている。
一枝は「『はな』もういいよ。楽におなり。ありがとうね」と言い続けている。2007年9月10日、23時、「はな」は永眠。享年15才半、羨ましいほどの大往生である。
目が茶色のお犬好しの感じのハスキー犬である。その後、一枝が結婚し、明日香も結婚し、山岡さんちを出た。「はな」も2年前に土佐山田の鈴木さんちへ転居して来た。
一枝の父母の正勝さん、潔江さんは「しばらく会わんかったな。涙が出てくる・・・」、「『はな』は眠っちゅう・・・」とそれぞれが涙でお別れを告げる。
夕方、ペット霊園に一枝と2人でお骨を拾いに行く。口を少し開けた横顔の寝姿は「はな」のままである。
山田では土生川の改修記念碑の近く、南国では滑走路先端の誘導灯の近くである。
ここを通るとき「はな」とお話しができる。そして、朝夕の散歩の2時間が、今では「はな」からの時の贈り物である。
「はな」のお家は花壇近くで小人さん達のお家に、跡地は居間からのウッドテラスになっている。すべて「はな」の贈り物であり、想い出である。
「こんにちわ」、「おはよう」と挨拶を交わすご近所さんを増やしてくれたのは「はな」である。暖に「『はな』のお口は」と聞けば得意げにハアハアと舌を出す。彼は1才半になろうとしている。
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