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このページは、会員1248が2010年2月 8日 07:07に書いたブログ記事です。

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龍馬研究会・根木さんの「龍馬の日常風景」・・・(一)軍鶏のいる風景

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龍馬研究会・根木さんの「龍馬の日常風景」・・・(一)軍鶏のいる風景

 

    syamo2-negi.jpg 土佐は、地鶏大国である。天然・特別記念物の鶏、16種類中6種類が土佐の鶏。

龍馬・慎太郎が、食べ損なった軍鶏も今は天然記念物の鶏である。

 

日本は、明治4年まで1、200年間続いた「肉食禁止」の、世界でもまれな国であった。肉食禁止は、庶民の間では、長く守られてきたようだ。

 

だが、江戸時代後期には、江戸市中に獣肉店ができるなど肉食禁止もくずれてきている。

 

 

 高知県東部の安田町近辺は、今でも闘鶏が盛んで軍鶏の飼育も盛んな地域である。高知県における闘鶏の歴史は、よくわかってないが、江戸時代からあったそうだ。

 

闘鶏では、負けた軍鶏は、つぶして(料理して)食べることになってい。

 

ニワトリも、肉食禁止動物に指名されているが、軍鶏は、食べられていたに違いない。軍鶏は、鶏肉の原点のような鶏でたいへんおいしい。

 

 

安田・高松順蔵家では、高知城下から訪ねてきた弟の龍馬を歓待するため長姉・千鶴が、軍鶏鍋をふるまったこともあっただろう。

 

安田町の近くにある北川村生まれの中岡慎太郎も軍鶏鍋は、幼少のころから親しんで来た料理だったに違いない。

 

龍馬と慎太郎が、襲撃される前に軍鶏を食べようと買いに行かせたのもうなずける話である。

 

 軍鶏を食べ損なった龍馬と慎太郎であるが、彼らには、軍鶏を食べる日常風景があったのではないか、と思う。

 

 

         龍馬研究会発行 「龍馬研究」No.174 連載中です

 

 

 

投稿者:根木勢介 さんの記事

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