2010年4月24日(土)11時30分~高知工科大学食堂で、
「奥ものべを楽しむ会」の人達が造る、美味しい地元料理でまんぷくになったお腹を抱えながら、
県下各地の"高知を元気にする"取り組みの交流を目的に、まんぷく交流会(オフ会)を実施しました。
心を込めて料理を作っていただいた「奥ものべを楽しむ会」の皆さんや、朝早くからお手伝いに参加したスタッフの高知工科大学生に感謝の意を表しながら、第2部のコーナーに移動しました。
美味しい料理でまんぷくになった"オハラ"をかかえて、
地域の活性化を応援する活動のプレゼンテーションが、坂本耕平・「高知ファンクラブ」事務局長の司会で進められました。
土佐のまほろば国府地区(紀貫之ほか)
国府史跡保存会会長 戸田隆さん
国府公民館長(土佐まほろば会副代表) 岡本守博さん

●戸田隆さんから画像の紹介記事とオフ会のコメントいただきました。

国府史跡保存会発足50周年記念事業として昨年11月に実施した「まほろばの里まつり」の舞台の様子。

聖武天皇の命により僧行基により西暦743年に創建されたが、開山70年後、弘法大師空海の中興により四国88ヶ所第29番札所で鈴の音が絶えない。
創建当時の土塁(土壇)が残っており国指定の史跡である。

白鳳時代に法隆寺形式の寺院があったとされる塔礎石跡。写真には無いが現地は当時のままの礎石が残っている(国指定史跡)礎石の中央に直径81センチの柱穴がある。
この直径から計算すると高さ32メートルの五重塔があり、想像図のような一大伽藍があったとされる。

ご覧のように台座から3メートルほどの高さがある。
代々山内家に仕えた土佐藩家老、乾一族の墓所。
墓域は330坪
自由民権運動で有名な板垣退助も当初は乾退助と名乗り一族である。

明治30年に国分川に橋が架けられるまで徒渉一本での交通路であった。特に南岸は遍路道とつながっており遍路の道標的存在の地蔵である。
野ざらしであったものを信心深い人によって平成16年にこのように立派なお堂に改修された。
取り組みについて
組織の存続のための後継者の育成。夢は紀貫之顕彰のための資料館建設。
参加しての感想
それぞれの地域でいろんな取り組みに活躍されている方に頭がさがりましたし、他分野のプレゼンを受け大変刺激になり勉強になった。
奥ものべの地元のお料理も大変おいしくいただきました。
ありがとうございました。
まんぷく交流会(オフ会)開催のお知らせ8 土佐のまほろば国府地区(紀貫之ほか)、岡豊地区(長宗我部)、まほろばトマトの取組み


